明渡しの裁判の途中で部屋の中の人が入れ替わると、判決で執行できなくなるおそれがあります|築古アパートのオーナーが読む民事保全法62条
結論からお伝えすると、明渡しの裁判を起こしている間に、部屋に住んでいる人が別の人に入れ替わると、勝訴判決を持っていても、その新しい人に対しては強制執行できないおそれがあります。それに備える手段が、民事保全法の「占有移転禁止の仮処分」です。仮処分の執行がされると、その後に部屋を占有した人には、原則として同じ判決で明渡しの強制執行ができます(民事保全法62条1項)。ただし、仮処分は部屋を空ける手続ではなく、判決を取らなければ意味がなく、執行より前に入れ替わっていた人には効きません。どこまで守られるかを、条文の順に整理します。
たとえば、築40年の木造アパートの1階で、家賃の滞納が半年続き、契約を解除して明渡しの訴えを起こしたとします。ところが、訴えを起こしたあとの訪問で、表札が見知らぬ名前に変わっていた。入居者に聞くと「友人に使ってもらっている」と言う。判決が出た日に、判決書に載っている入居者はもう部屋にいない、という場面です。
判決の相手が部屋にいないと、何が困るのですか?
判決の効力が及ぶのは、原則として裁判の当事者と、口頭弁論が終わったあとにその地位を引き継いだ人です(民事訴訟法115条1項3号)。強制執行も同じで、判決に書かれた当事者のほか、その承継人に対してできると定められています(民事執行法23条1項3号)。
承継人に対して執行するには、執行文をもらう必要があります。判決に書かれていない人を相手にする執行文は、その人に対して執行できることが明白か、大家が文書で証明したときに限って付与されます(民事執行法27条2項)。入れ替わった人が誰なのか、いつから住んでいるのかを大家が証明しなければならない。これが、占有が人の手に渡ったときのいちばん重い負担です。
裁判の途中で占有が移った場合には、裁判所の決定で新しい占有者に訴訟を引き受けさせる制度もあります(民事訴訟法50条)。ただ、占有者の入れ替わりでこれが使えるかは事案によるため、弁護士に確認する必要があります。申立てのたびに手続は増え、その間も部屋は空きません。

占有移転禁止の仮処分は、何を守るのですか?
民事保全法は、相手方が占有を人に移すのを防ぐ手段として、係争物(ここでは貸している部屋)の引渡しや明渡しを求める権利を守る仮処分を定めています。裁判所は、現状が変わると権利を実行できなくなる、または実行に著しい困難が生じるおそれがあるときに、この仮処分を出せます(23条1項)。
最大の効果は、62条にあります。
- 執行がされたことを知って部屋を占有した人にも、判決(本案の債務名義)で明渡しの強制執行ができます(62条1項1号)
- 執行のあとに、執行を知らずに入居者の占有を引き継いだ人にも、同じく強制執行ができます(同項2号)
- 仮処分の執行後に部屋を占有した人は、執行がされたことを知って占有したものと推定されます(62条2項)
つまり、仮処分の執行後に誰が入ってきても、「判決の相手ではない」という言い分は通りにくくなります。ただし、その人には反論の道が残されています。執行文の付与に対する異議の申立てで、大家に対抗できる権原で占有していること、または仮処分の執行を知らず、かつ入居者から占有を承継した人ではないことを理由にできます(63条)。
どうやって申し立て、いつまでに動くのですか?
流れは、申立て、担保、発令、執行の順です。
- 申立て:本案の管轄裁判所か、係争物(部屋)の所在地を管轄する地方裁判所に申し立てます(12条1項)。申立てでは、守りたい権利(賃貸借契約が終わったことによる明渡しを求める権利)と、保全の必要性を疎明します(13条)。申立ての手数料は2,000円です(民事訴訟費用等に関する法律の別表第一)
- 担保:裁判所は、担保を立てさせて仮処分を出すことができます(14条1項)。額は裁判所が決めるため、一般的な金額をここには書きません。東京地方裁判所の案内では、担保提供の期間は一般に7日で、その期間内に立てられないと申立てが却下されるとされています。運用は裁判所ごとに違うため、申立先に確認してください
- 執行:執行は執行官が行います。債権者(大家)に仮処分の命令が送達された日から2週間を過ぎると、執行できません(43条2項)。債務者への送達より前でも執行できます(同条3項)
執行官は、民事保全規則により、はく離しにくい方法で公示書を掲示するなどして、占有の移転が禁止されていることを公示します(規則44条1項)。部屋を債務者に保管させるときは、処分や公示書の損壊に対する法律上の制裁を告げます(同条2項)。仮処分を取っても、入居者はそのまま部屋に住み続けられる形がありえます。部屋が空くのは、本案で勝って、明渡しの判決が出ても、部屋が空くのは執行官の催告から原則1か月後です|築古アパートのオーナーが読む民事執行法168条と168条の2の手続を踏んだあとです。

相手が誰か分からないときは、どうなりますか?
部屋に入っている人が誰か分からないまま、仮処分を急ぎたい場面もあります。そのために、不動産の占有移転禁止の仮処分には、執行前に債務者を特定することが困難な特別の事情があるとき、債務者を特定しないで命令を出せる特例があります(民事保全法25条の2第1項)。
- 執行によって部屋の占有を解かれた人が、債務者になります(同条2項)
- ただし、占有を解く際にその占有者を特定できない場合は、執行できません(54条の2)。特例は「誰でもよい」という意味ではなく、執行の時点で目の前の占有者を確かめられることが前提です
- 執行官は、執行したあと、債務者になった人の氏名などを速やかに裁判所へ届け出ます(規則44条の2)
本案の判決で強制執行するときにも同じ仕組みがあり、この仮処分が執行されて62条1項で執行でき、しかも執行前に占有者を特定することが困難な特別の事情があるときは、債務者を特定しないで執行文を付けてもらえます。その執行文での強制執行は、付与の日から4週間を過ぎる前に、占有を解く際に占有者を特定できる場合に限ってできます(民事執行法27条3項・4項)。特例には、どれも時間の制限と本人確認がついています。
都合の悪いことも書いておきます
- 仮処分だけでは部屋は空きません。62条は、本案の債務名義に基づいて執行できると定めているため、明渡しの訴えと判決が別に必要です。仮処分を取ったあと本案の訴えを起こさないと、債務者の申立てで裁判所は期間(2週間以上)を定めて訴えの提起を命じ、守らなければ仮処分は取り消されます(37条1項〜3項)
- 担保の費用がかかります。担保は仮処分が不当だったときの債務者の損害に備えるものです。本案で終わったあと、取り戻す手続も要ります
- 執行より前に入れ替わっていた場合は、この仮処分では救えません。仮処分は「これ以上動かさない」ための手続です。既に入っている人への対応は、承継人としての執行文など別の道になります
- 賃貸借を解除できていないと、守る権利そのものがありません。解除の手順や、本当にこの手続を使うかは、弁護士に相談して決めてください
占有が人に移る場面を減らすには、そもそも滞納の初期に動くのが先です。滞納の最初の週にやることは家賃滞納の対応は最初の1週間で決まる|築古アパートのオーナーがやる順番に、契約者と実際に住んでいる人が違うときに何が分かるかは住民票を取り寄せても、誰が同居しているかは出てきません|契約者と住んでいる人が違うときに書いています。
今日やることを1つだけ選ぶなら
明渡しの訴えを起こした、または起こす部屋があるなら、写真つきで「誰がいつから出入りしているか」を週に1回記録してください。表札、郵便受け、ガスや電気の使用の様子など、入れ替わりの兆しを残しておけば、仮処分を考えるときの疎明の材料になり、弁護士にも状況を早く伝えられます。仮処分を使うかどうかは、記録を持って弁護士に相談するところから始めます。
出典
- 民事保全法12条・13条・14条・23条・25条の2・37条・43条・54条の2・62条・63条(e-Gov 法令検索・2026年10月16日時点)
- 民事保全規則44条・44条の2(裁判所掲載の条文PDF・2026年10月16日閲覧)
- 民事訴訟法50条・115条、民事執行法23条・27条(e-Gov 法令検索・2026年10月16日時点)
- 民事訴訟費用等に関する法律 別表第一(e-Gov 法令検索・2026年10月16日時点)
- 東京地方裁判所民事第9部「保全事件の発令まで」(2026年10月16日閲覧)


