入居者の過失で受けた損害の請求期限は、3年でも5年でもなく、退去の1年後に切れるものがあります|築古アパートのオーナーが読む民法600条と724条
結論からお伝えすると、入居者の過失で部屋や建物に損害を受けたとき、請求の期限は1つではありません。契約に反する使い方で生じた損害は、部屋の返還を受けた時から1年以内に請求しなければならず(民法600条1項)、この1年は、一般の消滅時効(166条1項・知った時から5年、権利を行使できる時から10年)や、不法行為の消滅時効(724条・知った時から3年、不法行為の時から20年)より短い期限です。「時効は3年か5年」と覚えたまま退去から1年を過ぎると、請求の道が狭まるおそれがあります。
仮の話です。入居者の退去から14か月がたった頃、次の入居者の入居前に床を張り替えようとしたところ、洗面所の床下が腐っているのが見つかりました。前の入居者が、洗濯機の排水ホースを外したまま使っていた形跡があります。大家さんは「5年は請求できるはず」と思っていました。さて、請求はまだできるのか。期限の考え方を整理します。
民法600条は、1年と書いている
600条は、損害賠償の請求の期限について次のように定めています。
- 1項:契約の本旨に反する使用または収益によって生じた損害の賠償は、貸主が返還を受けた時から1年以内に請求しなければならない
- 2項:前項の損害賠償の請求権については、貸主が返還を受けた時から1年を経過するまでの間は、時効は完成しない
起算点は、損害を知った日ではなく、「貸主が返還を受けた時」、つまり退去して部屋を戻してもらった時です。仮の話でいえば、損害に気づいたのが14か月後でも、数え始めは退去の日です。
条文が対象にしているのは、契約の本旨に反する使用または収益です。たとえば、契約で決めた用法に反する使い方や、通常の使い方を超える傷みが当たります。一方、通常の使用による損耗や経年変化は、入居者が原状に戻す義務を負う損傷から除かれています(621条)。そもそも損害として請求する話ではありません。
3つの期限を並べると、こうなる
- 600条1項:契約の本旨に反する使用または収益による損害は、返還を受けた時から1年以内に請求する
- 166条1項:債権(契約違反による損害賠償を含む)は、権利を行使できると知った時から5年、行使できる時から10年で、時効によって消滅する
- 724条:不法行為による損害賠償は、損害と加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年で、時効によって消滅する。人の生命または身体を害する場合は、3年が5年になる(724条の2)
どの期限が当たるかは、損害の請求をどういう理屈で組み立てるかで変わります。契約違反(415条)として請求するのか、不法行為(709条)として請求するのかで、数える年数が違ってきます。

では、1年を過ぎたらもう請求できないのか?
条文だけからは、そう言い切れません。600条は、契約の本旨に反する使用または収益による損害について書いた条文です。同じ損害でも、不法行為として請求するときの期限は724条で数えます。ただし、どの組み立てが認められるか、600条の1年が不法行為の請求にも及ぶのかは、条文だけでは決まりません。仮の話のように、気づいた時には1年を過ぎていたというときは、請求書を出す前に弁護士に相談してください。
だからこそ、数える期限は短いほうに合わせるのが安全です。退去の立会いの日(返還を受けた日)から1年を目安に、損害の有無を確かめ、あるなら請求の書面を出す形にしておけば、どの理屈で請求することになっても、期限で困る場面が減ります。
返還を受けたあとに、動く順番
- 返還を受けた日を、立会いの記録に残す
- 損傷の写真と、修理の見積書を集める
- 返還の日から1年以内に、損害の内容と金額を書いた請求の書面を出す
- 払われないときは、弁護士に相談して、裁判上の手続きを検討する
敷金から差し引く形で精算する場合も、損害の内訳を書いた書面を残します。水漏れが下の階に及んだときの責任は下の階に水が漏れたとき|築古アパートのオーナーが原因を調べる前に決める3つ、入居者の保険に関する話は大家の火災保険は契約者ではなく被保険者で決まる|入居者の保険には先取特権があるにまとめています。

都合の悪いことも書いておきます
- 600条の「請求」とは何を指すか、書面の送付で足りるのか、裁判上の請求まで必要なのかは、この記事では確定させていません。弁護士に確認してください
- 通常の使用による損耗と、入居者の過失による傷みの線引きは、現場では争いになりやすい部分です。写真と入居時の記録が、期限より先に効いてきます
- 火災のように、失火責任法(重大な過失がなければ賠償責任を負わないとする法律)が絡む場面は、請求できる範囲が変わります。保険会社と弁護士に確認してください
今日できること
- 直近1年以内に退去した部屋を洗い出し、返還を受けた日を一覧にする
- その中に、損傷が残っているのに請求していない部屋がないかを確かめる
- 退去の立会い書式に「返還を受けた日」の欄を作る
出典
民法166条・415条・600条・621条・709条・724条・724条の2(e-Gov 法令検索・2026年10月3日時点)。


