下の階に水が漏れたとき|築古アパートのオーナーが原因を調べる前に決める3つ

2026年8月、千葉県で記録的な大雨がありました。気象庁はこれを「令和8年8月千葉豪雨」と名付け、総務省は8月21日、被害を受けた千葉県内の22団体(18市4町)に、9月に定例交付するはずだった普通交付税86億9,900万円を繰り上げて交付しています(地方交付税法16条2項)。国土交通省の第12報(8月25日10時00分現在)では、県内の土砂災害177件、人家全壊1戸・半壊1戸・一部損壊17戸で、人的被害はなしと報告されています。被害に遭われた方に、お見舞い申し上げます。

こういうニュースが流れると、多くのオーナーが火災保険の証券を開いて「水災」の欄を見ます。それ自体は正しい動きです。ただ、築古アパートで実際に起きる水の事故は、外から入ってくる水より、室内の給排水から出る水のほうがはるかに多いのが実情です。そして、この2つは責任の根拠も、使う保険も、まったく別の枠にあります。

結論からお伝えすると、下の階に水が漏れたとき、オーナーが原因を調べる前に決めることは3つです。①水を止める ②壊れる前に記録を取る ③誰にも「払います」と言わない。3つ目が抜けて損をする方が、毎年います。

火事のルールを、水漏れに当てはめてはいけない

まず、いちばん誤解されているところから外します。

火事の場合、失火ノ責任ニ関スル法律(失火責任法)という明治32年の法律があり、こう定めています。

民法第七百九条ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス

うっかりの火事なら、重大な過失がない限り、隣に対する賠償責任を負わない。これが「もらい火は請求できない」と言われる理由です。

水漏れは「失火」ではありません。したがって、この免責は働きません。日本損害保険協会も、失火責任法で免れるのは民法709条の不法行為責任についてのみだと明示しています。洗濯機のホースが外れた、浴槽の水を止め忘れた、といった軽い不注意でも、709条の賠償責任はそのまま残ります。

「上の人だって、わざとやったわけじゃないから」で終わる話ではない、ということです。火事より水漏れのほうが、責任は追及しやすい。順番が逆に思われがちなところです。

建物が原因なら、オーナーには逃げ道が用意されていない

原因が入居者の使い方ではなく、給排水管の劣化や継手の緩みだったとき、根拠は民法717条に移ります。

土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。

読み方は次のとおりです。

  1. まず責任を負うのは占有者。賃貸なら、その部屋に住んでいる入居者です
  2. 占有者が必要な注意をしていたときは、所有者が賠償する
  3. ただし書は占有者にしか付いていません。所有者には「必要な注意をしていれば免れる」という規定がありません
  4. 3項に求償権があり、他に責任を負う者がいれば、その者に請求できます

建物が原因だと分かった時点で、オーナーは最後に残る側です。この点は、大家さん向けに火災保険だけでは大家の賠償は埋まらない|民法717条に所有者の免責はありませんで条文から整理されています。そのうえで、この記事は「連絡が来た日に何をするか」を扱います。

下の階に水が漏れたときに先に決める3つのことの図。水を止める、乾く前に写真を撮る、払いますと言わない。

原因より先に、この3つを決める

①水を止める

原因の切り分けは後です。上階の部屋に入れるなら止水栓、入れないなら建物のメーターバルブ。動くのは順番の問題で、犯人探しの前に流量を止めないと、被害額が増え続けます。

②壊れる前に記録を取る

水漏れの現場は、乾くと証拠がなくなります。天井のしみは薄くなり、濡れた家財は片付けられます。撮っておくのは次の5つです。

  • 階下の天井・壁・床の状態(引きの写真と、寄りの写真の両方)
  • 濡れた家財と、その品名が分かる部分
  • 上階の水回り(洗濯機置場、浴室、台所の床下点検口)
  • 止水した時刻と、その状態
  • 連絡を受けた日時と、誰から聞いたか

撮影は工事の前後で残す考え方と同じです。原状回復は工事の前後で写真を残すでも同じ趣旨を書いています。

③誰にも「払います」と言わない

ここが3つ目で、いちばん抜けます。日本損害保険協会は、個人賠償責任保険の説明の中で、保険会社に断りなく被害者と約束を取り交わした場合には、保険金が支払われないことがあると注意しています。これは賠償責任保険に共通する考え方で、オーナー側の施設賠償責任保険でも同じ構造です。

階下の入居者に「うちで全部直しますから」と言ってしまうと、後から保険を使おうとしたときに、自分で決めた金額として扱われる可能性が出ます。言うべきは「原因を確認して、保険会社と調整のうえご連絡します」まで。冷たく聞こえますが、結果的に払える金額が増えます。

火事と水漏れで責任のルールが違うことを示す比較図。火事は失火責任法で民法709条の適用が外れるが、水漏れは失火ではないため免責が働かず、軽い不注意でも709条、建物が原因なら717条が働く。

その水はどこから来たのか|3つの枠に分ける

水の出どころ 責任の根拠 主に使う保険
上階の入居者の使い方(ホースの外れ、止め忘れ、あふれ) 民法709条。失火責任法は使えない 入居者が加入する個人賠償責任保険(階下の家財や部屋への賠償)
建物の給排水管・設備の劣化 民法717条(占有者→所有者)、賃貸借契約上は606条1項の修繕義務 オーナーの施設賠償責任保険、建物の火災保険の水濡れ補償
外から入ってきた水(豪雨、河川の氾濫、土砂) 誰かの責任ではなく、災害として扱われることが多い 火災保険の水災補償(付けていなければ出ない)

入居者が加入する家財の火災保険には、借家人賠償責任保険が特約で付いていることが多いのですが、これは「借りている部屋」に対する賠償だけを補償します。日本損害保険協会の説明では、近隣の建物は自分が借りた戸室ではないため、借家人賠償責任保険では補償されないとされています。階下の部屋と、階下の家財は、この特約の外にあります。

つまり、上階の入居者が借家人賠償だけ入っていて個人賠償に入っていないと、階下への賠償が誰の保険からも出ない状態になります。これが、水漏れがこじれるときの典型的な形です。個人賠償責任保険は、保険金額1億円・保険期間1年でも年間保険料は数千円程度と説明されています。

原因が分からないうちは、誰も直せないのですか?

いいえ、直す作業と、負担を決める作業は分けて進めて構いません。むしろ分けたほうが早く終わります。

階下の入居者にとっては、天井から水が落ちている状態を止めてもらうことが第一で、誰が払うかは後の話です。先に復旧して、負担区分は記録と保険会社の判断で後から決める。順番を逆にすると、話し合いが終わるまで濡れた部屋に住み続けてもらうことになり、賃料の減額や解除の話に発展します。設備が止まったときの時計の進み方は、入居中に設備が壊れたとき、どこまで急ぐのかに整理しました。

階下の復旧に、いくらかかるのか

被害の中心はクロスと床です。公表されている料金表から見当がつきます。

工事 業者価格(税抜) 個人が単発で頼む場合の目安
スタンダードクロスの張替え(量産品・めくり代・残材処分代・下地処理代を含む) 1,088円/m 約1,300〜1,400円/m
クッションフロア貼り(既存の床へ上貼りできる場合) 3,980円/㎡ 約4,800〜5,200円/㎡

(出典:大家さんの内装屋「クロス張替えの料金表」2026年7月1日改定・税抜)。6畳の壁と天井でクロスがおよそ25〜30m分なので、業者価格で約2万7,000〜3万3,000円、個人で単発に頼めば約3万3,000〜4万2,000円という幅になります。

ただし、水を吸った床は上貼りできないことが多く、そこから金額が動きます。はがせば処分代と下地処理代が別に乗り、下地の合板まで傷んでいれば張り替えになります。「クロスの数量×単価」で出した最初の見積が、そのまま最終額になる工事ではありません。原状回復の見積書は「一式」の行から見ると同じ読み方が要ります。

今日やることを1つだけ選ぶなら

入居者の火災保険について、証券に「個人賠償責任」の文字があるかどうかを確かめてください。契約時に保険加入を条件にしていても、確認しているのは加入の有無だけで、特約の中身まで見ていないケースがほとんどです。借家人賠償だけでは、階下への賠償は出ません。次の更新のときに、この1行を確認する手順を足しておくと、事故が起きた日の景色が変わります。

なお、賠償の可否や金額、保険の適用範囲は、契約している商品や事情によって結論が変わります。実際の判断は、保険会社および弁護士にご確認ください。

出典

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