入居者が修繕費を家賃から引いてくるのは、条文の上では「相殺」です|築古アパートのオーナーが読む民法505条・506条・607条の2

結論からお伝えすると、入居者が立て替えた修繕費を家賃から差し引いて振り込んできたとき、民法の上では「相殺」に当たります。相殺は、一方から相手方への意思表示でできるとされ(506条1項)、大家さんの承諾は条文の要件に入っていません。ただし、その修繕費が「賃貸人の負担に属する必要費」で、入居者が自分で直せる場面だったかどうかで、結論は変わります。

入居者が修繕費を家賃から引いてきたときに確かめる3点を示した図

入居者が自分で直せるのは、2つの場面だけです

民法607条の2は、賃借物の修繕が必要な場合に、賃借人が自分で修繕できるときを2つに限っています。

  • 1号:賃借人が賃貸人に修繕が必要と通知した、または賃貸人がそのことを知ったのに、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき
  • 2号:急迫の事情があるとき

この条文は2020年4月1日に入ったものです。e-Govで2020年3月31日時点を指定すると条文が存在せず、4月1日時点で現れます。それ以前は、入居者が自分で直せる場面を民法は書いていませんでした。

もう一方の、大家さんが直す義務の範囲は606条1項にあります。賃貸人は使用・収益に必要な修繕をする義務を負いますが、賃借人の責めに帰すべき事由で修繕が必要になったときは、その義務がありません。

相殺が成り立つ条件は、505条と506条に書いてあります

505条1項は、二人が互いに同種の目的を有する債務を負い、双方が弁済期にあるとき、対当額について相殺で債務を免れられると定めています。入居者が立て替えた必要費は、608条1項で「直ちに」償還を請求できるので、すでに弁済期にあります。家賃も支払期日が来ていれば、金銭どうしで向かい合います。

数字で見ると、家賃が月5万円で、入居者が立て替えた必要費が3万円なら、対当額の3万円が消え、家賃として2万円が残ります。

相殺の意思表示には、条件や期限を付けられません(506条1項)。効力は、双方の債務が相殺に適するようになった時にさかのぼります(506条2項)。「〇日までに払わなければ相殺する」という言い方は、大家さんの側からもできない、ということです。

大家の側から差し引くことはできるのか

向きは逆でも同じ条文です。大家さんが入居者に払う必要費の償還(608条1項)と、その入居者の滞納家賃は、どちらも金銭の債務で、弁済期にあります。505条1項の要件に当たれば、大家さんから相殺の意思表示をすれば足ります。意思表示は口頭でも成り立ちますが、届いた日と内容を残すため、書面かメールで出しておくと後で確かめられます。

相殺できないのは、こんなときです

  • 債務の性質が許さないとき(505条1項ただし書)
  • 契約で相殺を禁止・制限しているとき(505条2項)。契約書の特約欄を先に読みます
  • 悪意による不法行為の賠償や、人の生命・身体を害した賠償の債務(509条)。この債務の債務者は、相殺で債権者に対抗できません

3つ目を家賃の場面に置き換えると、入居者が相手を害する意図で壁を壊した場合、その賠償の債務を入居者の側から修繕費と相殺することはできません。条文は「悪意による不法行為」と書いています。

相殺と敷金の充当について、入居者と大家それぞれの道を比べた図

敷金の充当とは、向きが逆です

622条の2第2項は、賃借人が債務を履行しないとき、賃貸人が敷金をその債務の弁済に充てられると定めています。あわせて、賃借人は敷金を債務の弁済に充てるよう請求できません。大家さんは敷金から引けますが、入居者は「敷金から引いてください」とは言えず、入居者が使える道は相殺です。敷金そのものの持ち主については、敷金は誰が預かっているのか|返す義務を負うのは、預かった人ではありませんにまとめています。

引かれた家賃を「滞納」と決める前に

相殺が有効なら、その額の家賃は消えています。金額を確かめないまま催告し、解除(541条)へ進めば、消えているはずの部分まで滞納として扱ってしまいます。

都合の悪いことも書いておきます。修繕が必要だったか、費用の額が適正かを大家さんが争えば、相殺で消える範囲は食い違います。入居者が607条の2の場面に当たらないまま直した場合に、費用がどこまで認められるかは、個別の事情で争いになり得ます。認めない部分があるときは、理由を書面で返し、最終的な判断は弁護士に確認してください。設備が壊れたときの連絡と期限は、入居中に設備が壊れたとき、どこまで急ぐのか|築古アパートのオーナーが連絡の日から数える3つの期限に書いています。

今日できること

  1. 契約書の修繕と相殺に関する条項を読み、相殺を禁じる特約がないか確かめる
  2. 入居者から修繕の連絡があった日時(電話メモ・メール・LINE)を残す
  3. 家賃から引かれた額と、領収書の金額を突き合わせる

出典

民法505条・506条・509条・541条・606条・607条の2・608条・622条の2(e-Gov法令検索・2026年9月30日時点)。

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