遺言執行者がいる間に相続人が結んだ契約は、無効になりえます|築古アパートを相続する人が読む民法1012条・1013条
親が亡くなって2か月。管理会社から「今月の家賃は、どちらの口座へ送金すればよいでしょうか」と電話が入ります。そこへ、差出人に「遺言執行者」と書かれた封書が届き、中には遺言の写しと、アパートの家賃を管理する口座の案内が入っていた。築古アパートの相続では、こうした順番で遺言執行者の存在を知ることが少なくありません。
結論からお伝えすると、遺言執行者がいる間は、相続人が自分の判断でアパートを売ったり、貸す契約を結び直したりすると、その行為は無効になりえます(民法1013条1項・2項)。ただし無効を主張できない相手がいます。事情を知らずに取引した第三者です(同条2項ただし書)。さらに、遺言がアパートだけを対象にしているなら、縛られるのはアパートだけで、ほかの財産は対象外です(1014条1項)。
この記事では、埼玉・千葉西部・栃木南部で築古アパートを相続する立場の方に向けて、遺言執行者が家賃と契約について何ができ、相続人は何ができないのかを、条文の順にたどります。

遺言執行者は、アパートについて何ができるのか?
民法1012条1項は、遺言執行者は「遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」としています。家賃の受け取りや建物の管理は、この「管理」に入りうる行為です。
そして1015条により、遺言執行者が権限の範囲内で「遺言執行者であること」を示してした行為は、相続人に対して直接に効力を生じます。相続人の同意を1件ずつ取らなくても、執行者の名前で動けるということです。
その一方で、遺言執行者は好き勝手にできるわけではありません。1012条3項が委任の規定を準用しているため、次の義務を負います。
- 善良な管理者の注意で仕事をする(644条)
- 相続人から求められたら、いつでも状況を報告する。終わったら経過と結果を報告する(645条)
- 受け取ったお金と、そこから生じた果実は相続人に引き渡す(646条1項)。家賃は建物から生じる果実なので、預かった家賃は最終的に引き渡す対象です
- 預かったお金を自分のために使ったら、その日からの利息を払う(647条)
- 仕事に必要な費用は相続人に請求できる(650条)
任務の入口にも決まりがあります。就任したら遅滞なく遺言の内容を相続人に通知し(1007条2項)、遅滞なく相続財産の目録を作って相続人に渡します(1011条1項)。相続人が求めれば、立ち会いのもとで目録を作るか、公証人に作らせなければなりません(同条2項)。冒頭の封書は、この通知にあたります。
執行者がいる間に、相続人が契約を結ぶとどうなるか?
1013条1項は、遺言執行者がある場合には、相続人は「相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない」としています。同条2項で、これに反した行為は無効です。
たとえば、遺言でアパートをきょうだいの1人に遺贈すると決まっているのに、別の相続人が先に買主を見つけて売買契約を結ぶ。これは遺言の執行を妨げる典型です。
ここで見落とされやすいのが、2項のただし書です。無効は「善意の第三者に対抗することができない」。つまり、遺言執行者がいることを知らずに取引した相手には、無効だと言えません。相続人どうしの話のつもりが、外の人を巻き込むと元に戻せなくなります。
もう1つ、3項は「相続人の債権者(相続債権者を含む。)が相続財産についてその権利を行使することを妨げない」としています。遺言執行者がいても、亡くなった方の借入先や、相続人の債権者による差押えは止まりません。遺言があるから財産が守られる、とは限らないということです。
遺言がアパートだけの話なら、ほかの財産は縛られない
1014条1項は、遺言が相続財産のうち特定の財産に関する場合には、1011条から1013条までの規定はその財産についてのみ適用するとしています。「アパートは長女に」という遺言で執行者が指定されていても、目録の作成も、相続人の処分の禁止も、アパートについての話です。預金や自宅を遺言が扱っていなければ、そちらは通常の遺産分割の話になります。
遺言の書き方によって、遺言執行者が担う中身も変わります。
- 相続人以外の人や、特定の相続人に「遺贈する」と書かれている場合:遺言執行者がいるときは、遺贈の履行は遺言執行者のみが行うことができます(1012条2項)。受け取る側は、ほかの相続人ではなく執行者に履行を求めることになります
- 「相続させる」と書かれている場合(特定財産承継遺言):遺言執行者は、その相続人が登記などの対抗要件を備えるために必要な行為ができます(1014条2項)。登記を急ぐ理由は遺言があるかは、法務局に1通の証明書で聞けますで扱っています
なお、1014条4項は、遺言で別段の意思が示されていればそれに従うとしています。結局は遺言の文面を読まないと決まりません。写しが届いたら、アパートについて何と書かれているかを最初に確かめてください。

入居者の家賃は、どこへ振り込んでもらうのか?
入居者にとって大切なのは、振り込んだ家賃が「払ったこと」になるかどうかです。民法478条は、受け取る権限のない人でも、取引上の社会通念に照らして受け取る権限があるように見える人に払った場合、払った人が善意で過失がなければその支払いは有効としています。
裏を返せば、相続人の間で振込先が決まらないまま入居者に別々の連絡が届くと、入居者が判断を迫られます。築古アパートでは長く住んでいる高齢の入居者も多く、口座が変わるたびに戸惑わせることになります。
実務の順番としては、次の3点を揃えてから入居者へ案内するのが落ち着きます。
- 遺言執行者からの通知(1007条2項)と、遺言の写しを手元に置く
- アパートが遺言の対象かどうか、遺贈か「相続させる」かを確かめる
- 管理会社に、振込先の変更を誰の名前で出すのかを1本にまとめてもらう
亡くなったあとの家賃がそもそも誰のものになるかは、遺言の有無と書き方で分かれます。遺言がない場合の考え方は相続したアパートの家賃は誰のものか|遺産分割を待たずに決まっていますで扱っています。
2019年7月1日より前に亡くなっていたら?
ここまでの条文の多くは、2018年に成立した相続法の改正(平成30年法律第72号)で今の形になり、2019年7月1日から施行されています(法務省「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)」)。附則2条は、施行日前に開始した相続には原則として旧法を使うとしています。ただし遺言執行者については、附則8条に個別の定めがあります。
- 相続人への通知(1007条2項)と権利義務(1012条):施行日前に開始した相続でも、施行日以後に遺言執行者になった人には新しい条文が適用されます(附則8条1項)
- 特定財産承継遺言の執行(1014条2項〜4項):施行日前にされた遺言の執行には適用されません(同条2項)
- 第三者に任務を任せる権限(1016条):施行日前にされた遺言の遺言執行者には、旧法の扱いが続きます(同条3項)
何年も前に書かれた遺言が今になって見つかった、という場合は、遺言の作成日と相続が開始した日の両方を控えておくと、専門家への相談が早く進みます。
この記事で判断していないこと
- 「相続させる」遺言の対象になったアパートについて、遺言執行者が1014条2項の対抗要件の手続き以外に、家賃の管理や賃貸借契約まで行えるか。条文だけでは読み切れないため、遺言の文面とあわせて弁護士・司法書士に確認してください
- 遺言執行者の報酬。遺言に定めがなければ家庭裁判所が定めることができます(1018条1項)が、金額の目安はここでは扱いません
- 執行者が任務を怠っているときの対応。利害関係人は家庭裁判所に解任を請求できます(1019条1項)が、「怠った」に当たるかの判断は専門家に委ねます
- 家賃収入の確定申告を誰の名前でするか。税理士・税務署に確認してください
遺言でアパートを受け取れなかった相続人の側の話は、遺言でアパートを1人に継がせても、ほかの子にはお金で払う分が残りますで扱っています。同居していた配偶者の住まいについてはオーナーが亡くなっても、同居の配偶者は6か月は住み続けられますをご覧ください。
今日やることを1つだけ選ぶなら
遺言の写しを開き、アパートについて「遺贈する」と書かれているか、「相続させる」と書かれているかに印を付けてください。遺言執行者に何を任せ、相続人として何を控えるかは、この1語で分かれます。売却や入居者との契約の話を進めるのは、その確認と、遺言執行者からの財産目録を受け取ってからでも遅くありません。
出典
- 民法478条・644条・645条・646条・647条・650条・1007条・1011条・1012条・1013条・1014条・1015条・1016条・1018条・1019条、民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法律第72号)附則2条・8条(e-Gov法令検索・2026年11月3日時点)
- 法務省「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)」

