遺言でアパートを1人に継がせても、ほかの子にはお金で払う分が残ります|築古アパートのオーナーが読む民法1046条の遺留分侵害額
結論からお伝えすると、遺言でアパートを1人の子に継がせても、ほかの子には「遺留分」の分をお金で払う義務が残ります。根拠は民法1046条1項です。2019年7月1日以後に始まった相続では、請求されてもアパートの持分を分ける必要はなく、払うのはお金です。そのかわり、アパートを継いだ人は手元に現金を用意しなければなりません。
場面を1つ置きます。父が亡くなり、遺言には「アパートは長男に、預金は長女に」と書いてあった。四十九日が過ぎたころ、長女から「私の遺留分はどうなるの」と聞かれる。長男の手元にあるのは、築35年のアパートと毎月の家賃だけ。埼玉や千葉の西部、栃木の南部で親のアパートを継ぐ家でも、よく起きる順番です。この記事は、そのとき長男と長女の両方が最初に開く条文を並べたものです。

遺留分は、誰に、どれだけあるのですか?
民法1042条1項は、遺留分を持つのは「兄弟姉妹以外の相続人」と定めています。割合は次のとおりです。
- 直系尊属(父母など)だけが相続人のとき → 遺留分を算定するための財産の3分の1
- それ以外のとき(配偶者や子がいるとき) → 2分の1
- 相続人が数人いるときは、これに各自の法定相続分(民法900条)をかけます(1042条2項)
子が2人で配偶者がすでに亡くなっている家なら、子1人の遺留分は「2分の1×2分の1=4分の1」です。
兄弟姉妹には遺留分がありません。子のいないオーナーが「アパートは妻に」と遺言を残した場合、兄弟姉妹は法定相続人であっても、遺留分の請求はできません。
金額は、どう計算するのですか?
流れは3段です。
- 土台を出す(1043条1項)…亡くなった時の財産に、生前の贈与を足し、借金の全部を引きます。
- 遺留分を出す(1042条)…土台に、さきほどの割合をかけます。
- 足りない分を出す(1046条2項)…遺留分から、本人が遺言や贈与で受け取った分と、遺産分割で取得すべき分を引き、本人が引き継ぐ借金の額を足します。
計算例です(借金なし、生前の贈与なし、子2人の場合)。
- アパート3,000万円(長男へ)、預金400万円(長女へ) → 土台は3,400万円
- 長女の遺留分=3,400万円×4分の1=850万円
- 長女が受け取ったのは400万円 → 足りない分は450万円
長男は長女に450万円を払うことになります。法務省の解説資料も、同じ順番で計算した例を載せています(会社の土地建物と預金の例で、長女の侵害額は1,854万8,242円)。
生前に渡したアパートも、計算に入りますか?
入ることがあります。1044条は、土台に足す贈与の範囲をこう決めています。
- 相続人以外(孫・子の配偶者など)への贈与 → 相続開始前の1年間にしたものに限る(1項)
- 相続人への贈与 → 相続開始前の10年間にしたもので、婚姻・養子縁組のため、または生計の資本として受けたものに限る(3項)
- どちらも、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与したときは、期間より前のものも入る(1項後段)
「生前に名義を移しておけば、遺留分の話は終わる」とは限りません。10年以内に子へ渡したアパートが生計の資本に当たれば、土台に戻ってきます。生計の資本に当たるかどうかは、事情によって判断が分かれるところです。
アパートの持分ではなく、お金で払うのですか?
はい。改正前の「遺留分減殺請求」では、請求されると目的の財産が共有になりました。法務省は、この共有が事業承継の支障になっていたと説明しています。2019年7月1日施行の改正で、権利は「遺留分侵害額に相当する金銭の支払」を求めるものに変わりました(1046条1項)。
- アパートは長男の単独名義のまま残ります。入居者との契約や管理の窓口も変わりません。
- 相続が2019年7月1日より前に始まっていれば、改正前の規定(減殺請求)が使われます。法務省の経過措置の説明は「施行日前に開始した相続については、旧法が適用される」です。
相続で共有になったアパートの扱いは、相続で共有になったアパートは、誰の同意で貸せるのかに書いています。改正後の遺留分は、この共有をそもそも作らないための仕組みです。
すぐに現金を用意できないときは?
民法1047条5項で、裁判所は、受遺者・受贈者の請求により、支払の全部または一部に相当の期限を与えることができます。改正のときに、金銭を直ちには準備できない受遺者のために入った規定です。
- 払う上限があります。相続人が受け取った場合は、受け取った財産の価額から、その人自身の遺留分を引いた額までです(1047条1項)。
- 遺贈と贈与の両方があるときは、遺贈を受けた人が先に負担します(1047条1項1号)。
- 長女が引き継ぐはずの借金を長男が返したときは、その額だけ支払義務を消せます(1047条3項)。アパートローンが残っている家では、ここで金額が動きます。
相続税を分けて払う制度は別にあります。相続税の延納は、現金で払えない分の範囲でしか認められませんもあわせてどうぞ。

お金のかわりにアパートで払うと、どうなりますか?
話し合いで「お金のかわりに、このアパートを渡す」と決めることはできます。ただし国税庁の所得税基本通達33-1の6は、金銭の支払に代えて資産を移したときは、原則として、その時に、消えた債務の額で資産を譲渡したことになるとしています。
つまり、450万円のかわりに、長男がもともと持っていた月極駐車場の土地を渡すと、長男がそれを450万円で売ったのと同じ扱いになり、譲渡所得の申告が要ることがあります。遺言で受け取ったアパートそのもの(の持分)で払う場合も、通達のかっこ書きで対象に含まれています。「現物で渡せば税金はかからない」は、この通達とは逆です。
相続税の側では、相続税法32条1項3号により、支払うべき金額が確定したことを知った日の翌日から4か月以内に、払った側は更正の請求ができます。受け取った側に申告が要るかどうかを含め、一般的には税理士か税務署に確認してください。
請求には期限があります
遺留分侵害額の請求権は、相続の開始と、遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知った時から1年、相続開始から10年で行使できなくなります(1048条)。遺言の探し方と期限の関係は、遺言があるかは、法務局に1通の証明書で聞けますに書きました。
生きているうちに遺留分を放棄してもらうことはできますが、家庭裁判所の許可を受けたときに限ります(1049条1項)。また、1人が放棄しても、ほかの相続人の遺留分は増えません(同条2項)。
都合の悪いことも書いておきます
- アパートの価額をどう決めるかは、条文に書いていません。相続税の評価額(路線価・固定資産税評価額)がそのまま使われるとは限らず、築古ほど「いくらの建物か」で双方の数字が割れやすくなります。
- 生前の贈与が生計の資本に当たるかは、この記事では判定しません。
- 借金が残っているときの計算(誰がどれだけ引き継ぐか)は、遺言の書き方によって変わります。弁護士に確認してください。
- 期限の許与は、裁判所に請求して認められて初めて効きます。話し合いの段階で払えないまま放っておけば、遅れた分の扱いが問題になります。
具体的な事案は、一般的には弁護士・司法書士・税理士へ、税金は税務署へご確認ください。
今日やることを1つだけ選ぶなら
アパートを継ぐ予定の人も、継がない予定の人も、財産を「誰に渡る予定か」と「おおよその時価」の2列で1枚に書き出し、10年以内に子へ渡したものがあれば1行足してください。その1枚で、4分の1(または2分の1)をかけた数字と、手元の現金の差が見えます。差が大きければ、遺言を書く前に話し合う順番が先です。
出典
- 民法900条・903条・1042条〜1049条(e-Gov 法令API・2026年11月2日時点)
- 相続税法32条(e-Gov 法令API・2026年11月2日時点)
- 国税庁「所得税基本通達 法第33条《譲渡所得》関係」33-1の6
- 法務省「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)」、同「遺留分制度の見直し」「経過措置について」


