電子の契約書には、押印の推定が働きません|築古アパートのオーナーが電子署名法3条で確かめる2つの要件
結論からお伝えすると、紙の契約書なら「本人の署名か押印があれば、本人が作ったものと推定する」という民事訴訟法228条4項が働きますが、電子の契約書にはこの4項が準用されていません(民事訴訟法231条の3)。電子の契約書で同じ推定を生むのは、電子署名法3条の「本人だけが行うことができる電子署名」です。電子契約に切り替えるときは、どのサービスで、署名する人をどう確かめているかを一度だけ確認してください。
たとえば「次回の更新から、契約書は電子契約にさせていただきます」。管理会社からこんなメールが届き、添付の案内には「メールのリンクを開いて『署名する』を押すだけです」と書いてある。紙なら実印を押していた書類が、ボタン1つで済む。手間は減りますが、後で揉めたときに何が支えになるのかは、紙とは仕組みが違います。

紙の契約書は、なぜ強いのですか?
民事訴訟法228条4項は、「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する」と定めています。入居者が「そんな契約書は作っていない」と言い出しても、署名か押印があれば、本人が作ったものとして扱われるところから話が始まります。実印や認印が長く使われてきた理由は、この1項にあります。
電子の契約書にも、同じ推定が働きますか?
働きません。民事訴訟法231条の3は、電子データ(電磁的記録)を証拠として調べるときに、書類についての規定を準用すると定めていますが、そこには「第二百二十条から第二百二十八条まで(同条第四項を除く。)」と書かれています。押印の推定を定めた228条4項だけが、わざわざ外されています。画面に印鑑の画像を貼っても、それだけで紙と同じ推定が生まれるわけではありません。

代わりに働くのは、電子署名法3条です
電子署名法3条は、電子データに「本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)」が行われているときは、真正に成立したものと推定するとしています。
前提になる「電子署名」の定義は2条1項にあり、要件は次の2つです。
- その情報が、措置を行った人の作成に係るものであることを示すためのものであること
- その情報が改変されていないかどうかを確認できるものであること
つまり、2条の電子署名であることに加えて、「本人だけができる」ことまで満たして初めて、3条の推定が働きます。
「立会人型」のサービスでも、推定は働くのですか?
賃貸の電子契約で多いのは、利用者が鍵を持たず、サービス提供事業者が自分の鍵で暗号化する形(いわゆる立会人型)です。これについて国は2つのQ&Aを出しています。
- 第2条関係Q&A(令和2年7月17日・総務省・法務省・経済産業省):事業者の意思が介在する余地がなく、利用者の意思だけに基づいて機械的に暗号化される仕組みなら、措置を行ったのは事業者ではなく利用者と評価し得る
- 第3条関係Q&A(令和2年9月4日、令和6年1月9日にデジタル庁・法務省が一部改定):3条が働くには、利用者とサービスの間のやり取りと、サービス内部の処理の両方で、十分な水準の「固有性」が必要
第3条関係Q&Aは、利用者とサービスの間のやり取りの例として、登録したメールアドレスとパスワードに加え、SMSなどメール以外の手段で受け取るワンタイム・パスワードを入れる2要素認証を挙げています。ただし2要素認証が必須とまでは書いておらず、他の方法を妨げないとしています。逆に言えば、メールのリンクを開くだけの方法が十分かどうかは、サービスの仕組みで決まります。
大家は、何を残しておけばよいですか?
- 署名済みのPDFそのもの(印刷した紙ではなく、署名の情報が入ったデータ)
- 締結の記録(誰がいつ送り、誰がいつ署名したかの記録。サービスによって呼び方が違います)
- どのサービスを使い、署名者をどう確かめたかのメモ
サービスを解約すると見られなくなることがあるので、自分の保存先にも置いておくのが安全です。電子で受け取った書類の残し方は送金明細のPDFは印刷しても保存になりませんに、定期借家や連帯保証のように書面か電子の手順が決まっている場面は賃貸借契約書は、もともと書面でなくても成立しますにまとめています。
都合の悪いことも書いておきます
電子署名法3条も民事訴訟法228条4項も、「推定」であって、反対の証拠が出れば覆ります。また、推定が働かなくても契約そのものが無効になるわけではありません。どのサービスが3条の要件を満たすかを、この記事で判定することはできません。埼玉・千葉西部・栃木南部でも管理会社ごとに使うサービスは違うので、争いになりそうな契約は、弁護士に相談してください。
今日やることを1つだけ選ぶなら
管理会社に「どの電子契約サービスを使い、署名する人をメール以外の方法でも確かめていますか」と1行だけ聞いてください。答えをメモして、署名済みのPDFと一緒に保存しておけば十分です。
出典
- 民事訴訟法228条・231条の2・231条の3、電子署名及び認証業務に関する法律2条・3条(e-Gov 法令API・2026年10月11日時点)
- 総務省・法務省・経済産業省「利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A」(令和2年7月17日)
- 同「(電子署名法第3条関係)」(令和2年9月4日、令和6年1月9日 デジタル庁・法務省 一部改定)


