楽器と在宅ワークをどこまで認めるか|築古アパートのオーナーが引く3本の線

管理会社から2件、続けて連絡が入りました。1件は入居中の方から「電子ピアノをヘッドホンで弾いていいか」という問い合わせ。もう1件は申込書で、勤務先の住所欄にその部屋の住所が書いてあり、職種の欄には「動画編集」。どちらも契約書には「居住のみを目的として使用する」と書いてあります。さて、断るのか、認めるのか。

結論からお伝えすると、線は「楽器か否か」でも「仕事か否か」でもありません。引く線は3本です。①音は大きさと時間で切る、②仕事は不特定の来客と看板で切る、③どちらも契約書のどの表に書くかで効き目が変わる。国の標準契約書が禁止しているのは「楽器の演奏」ではなく「大音量での演奏」であり、使用目的についても、特約を結べば居住と併用してよいと国自身が書いています。

楽器と在宅ワークで引く3本の線の図。音は大きさと時間、仕事は来客と看板、契約書のどの表に書くかで効き目が変わる。

禁止されているのは「楽器」ではなく「大音量」

国土交通省の「賃貸住宅標準契約書」(平成30年3月版・連帯保証人型)は、禁止行為を別表第1に並べています。楽器が出てくるのは第四号です。

四 大音量でテレビ、ステレオ等の操作、ピアノ等の演奏を行うこと。
(賃貸住宅標準契約書 別表第1/出典:国土交通省「『賃貸住宅標準契約書』について」)

読み飛ばされやすいのが冒頭の4文字です。「大音量で」が条件になっていて、ピアノを弾くこと自体は禁止されていません。テレビも同じ扱いで、テレビを見てはいけないと書いてあるわけではないのと同じ構造です。

ですから、募集図面に「楽器不可」と書いていても、契約書が国の書式のままなら、根拠となる条項は「大音量で」の1本しかありません。楽器そのものを止めたいなら、別表第1に書き足す必要があります。同契約書は、別表第1(第六号から第八号を除く)・別表第2・別表第3は当事者の合意で変更・追加・削除できると明記しています。

苦情が1回来ただけでは、契約は終わらせられません

ここも押さえておいてください。標準契約書の第10条第2項は、別表第1違反を理由に解除するとき、こう定めています。

甲は、乙が次に掲げる義務に違反した場合において、甲が相当の期間を定めて当該義務の履行を催告したにもかかわらず、その期間内に当該義務が履行されずに当該義務違反により本契約を継続することが困難であると認められるに至ったときは、本契約を解除することができる。(同上・抜粋)

つまり「催告する」→「直らない」→「もう続けられない状態になった」の3段階が要ります。反社会的勢力に関わる別表第1の第六号から第八号だけは催告なしで解除できますが、音の話はそこに入りません。

民法541条も、催告して解除できる場合について「その債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない」とただし書きを置いています。だから先に線を引いておくほうが早いのです。揉めてからでは、条文はオーナーの味方をしてくれません。

「居住のみ」と書いてあると、在宅ワークはできないのですか?

標準契約書の第3条は「乙は、居住のみを目的として本物件を使用しなければならない」です。これだけ読むと、部屋で仕事をした時点で違反に見えます。

ところが同じ契約書の解説には、こう書かれています。

本契約書は「民間賃貸住宅(社宅を除く。)」の賃貸借に係る契約書であることから、使用目的を「(自己の)居住」のみに限っている。
ただし、特約をすれば、居住しつつ、併せて居住以外の目的に使用することも可能である。(同上)

さらに第19条(特約条項)の《作成にあたっての注意点》では、特約項目の例として次が挙げられています。

②営業目的の併用使用を認める場合、その手続き(第3条関係)(同上)

国の標準契約書は、併用を認める道を最初から用意しています。「居住のみ」は入口の初期設定であって、動かせない壁ではありません。

実務でいえば、パソコン1台で完結する在宅の仕事と、人と物が出入りする商売とでは、建物に与える影響がまったく違います。前者を止めても物件は良くなりませんし、いまの入居希望者の働き方を考えると、募集の間口を自分から狭めることになります。

では、どこで線を引くのか

見るのは「職業」ではなく、建物と近隣に何が起きるかです。実務で効くのは次の4つでした。

  1. 不特定の来客があるか。教室・サロン・整体など、知らない人が繰り返し出入りする形は、他の入居者の生活と直接ぶつかります。ここがいちばん太い線です
  2. 看板・のぼり・掲示を出すか。標準契約書の別表第2第二号は「階段、廊下等の共用部分に看板、ポスター等の広告物を掲示すること」を承諾事項にしています。つまり出したいなら相談してもらう形です
  3. 音・におい・振動が出るか。調理を伴うもの、機械を回すもの、深夜に稼働するもの
  4. 荷物の量と搬入頻度。物販の在庫が積み上がる形は、床や共用部分の使い方が変わります

建物の用途として問題になるのはどこからか

用途地域や建物の用途の話も一言だけ触れておきます。建築基準法施行令第130条の3は、第一種低層住居専用地域に建てられる「兼用住宅」について、延べ面積の2分の1以上を居住の用に供し、かつ、事務所や店舗などに使う部分の床面積の合計が50平方メートルを超えないことを条件としています(事務所、日用品の店舗、学習塾、アトリエなどが列挙されています)。

ただしこれは建物の用途をどう位置づけるかの話で、アパートの1室で来客も看板もない在宅の仕事をしている状態が直ちにこれに当たるわけではありません。この判断は建築士や自治体の建築指導課の領域です。店舗や教室として使いたいという相談が来たら、オーナーの側で結論を出さず、用途地域と建物の用途を確認したうえで役所に照会してください。断定は禁物です。

音の相談が来たときに動く5段階の図。日時と長さを聞き取る、事実として伝える、時間帯を決める、書面で催告する、次の契約から別表に書き足す。

音の相談が来たときに動く順番

実際に「上の階のピアノがうるさい」と入ってきたときの順番です。

  1. 何時に、どのくらいの長さで、週に何回かを聞き取る。「うるさい」だけでは動けません。日時と長さを記録に残します
  2. 相手方には、苦情ではなく事実として伝える。「22時台に30分ほど音が届いている、という連絡が入りました」。名指しの非難にしない
  3. 時間帯を決める。止めるより早く収まります。「朝9時から夜8時まで、1回30分まで、ヘッドホンを使える楽器はヘッドホンで」といった形
  4. それでも続くなら、書面で催告する。ここが第10条第2項の「相当の期間を定めて催告」に当たります
  5. 次の契約から、別表に書き足す。いまの入居者との話と、次の募集条件は分けて考えます

相談の受け方そのものは結露とカビの相談が入居者から来たときと同じ組み立てで進められます。苦情対応の全体の流れは騒音の苦情が来たときの進め方もあわせてご覧ください。

契約書のどこに書くと効くのか

最後に、書き込む場所の使い分けです。国の標準契約書は4段階を用意しています。

  • 別表第1(禁止):例外なく止めたいもの。「楽器の演奏」を丸ごと止めたいならここ。ただし募集の間口は確実に狭くなります
  • 別表第2(書面による承諾が必要):条件つきで認めたいもの。「居室内での楽器の演奏」「共用部への掲示」「営業目的での併用使用」はここに置くと、相談してから決められます
  • 別表第3(通知でよい):知っておきたいだけのもの
  • 第19条(特約条項):時間帯や手続きなど、表の一行では書ききれない条件

ペットの可否を決めるときも同じ構造でした(築古アパートをペット可にすると何が変わるか)。「不可」と一行書くより、「承諾を得れば可」と条件を書くほうが、決まる部屋になります。

築古の物件は、設備や築年数で勝負しにくいぶん、使い方の自由度で選ばれることがあります。楽器も在宅の仕事も、止めれば安全ですが、その安全は空室という形で毎月請求されます。契約書の別表を1枚めくって、いま自分が何を禁止しているのかを確認するところから始めてみてください。条項の書き換えについて迷われる場合は、宅地建物取引士や弁護士にご相談ください。

出典

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