借入の引き継ぎに、銀行が入らない道はありません|築古アパートのオーナーが法人化の前に開く民法472条

結論からお伝えすると、借入のある物件を法人に移すとき、銀行が当事者に入らない道は民法に用意されていません。借入だけを法人に付け替える手続きは民法472条の免責的債務引受ですが、この条文が示す3つの道はすべて債権者(銀行)が登場します。「所有権だけ先に移して、借入はあとで相談する」という順番は、条文の側から見ると成立しません。さらに、所有権の移転にかかる登録免許税は相続や法人の合併なら1,000分の4、それ以外の原因なら1,000分の20で、5倍の差があります(登録免許税法 別表第一 一(二))。個人から法人への移転は「合併」ではないので、高いほうです。

法人化の前に確かめる4点をまとめた図。借入先への相談、移す形の決め方、実費の数え方、売買価額の決め方の順に並べている

免責的債務引受には3つの道があり、どれにも債権者が出てきます

民法472条を1項から3項まで並べます。

  • 1項:免責的債務引受の引受人は、債務者が債権者に対して負担する債務と同一の内容の債務を負担し、債務者は自己の債務を免れる
  • 2項債権者と引受人となる者との契約によってすることができる。この場合、債権者が債務者に対してその契約をした旨を通知した時に効力を生ずる
  • 3項債務者と引受人となる者が契約をし、債権者が引受人となる者に対して承諾をすることによってもすることができる

2項は「銀行と法人」、3項は「個人と法人+銀行の承諾」。どちらの道でも銀行が必ず出てきます。個人と法人の2者だけで完結する経路は、この条文にありません。ここが実務者でも取り違えやすいところで、「社長が個人で借りていて、その社長の会社に移すのだから内部の話」という感覚は通りません。銀行から見れば、返す人が別人に変わるという話です。

実務では、法人が新たに借り入れて個人の借入を完済し、抵当権を掛け替える形をとることもあります。どの形になるかは金融機関の判断です。いずれにしても、最初に相談する相手は税理士ではなく借入先という順番は変わりません。

所有権移転の登録免許税を左右で比べた図。相続や法人の合併は1000分の4で、個人から法人への売買は1000分の20になることを示している

「所有権を移すだけ」でも、登録免許税は5倍違います

所有権移転登記の登録免許税は、移った原因によって税率が変わります(登録免許税法 別表第一 一(二))。

  • イ 相続又は法人の合併による移転:不動産の価額の1,000分の4
  • ロ 共有物の分割による移転:不動産の価額の1,000分の4
  • ハ その他の原因による移転:不動産の価額の1,000分の20

相続や合併なら安いのに、法人化だと高いのはなぜですか?

条文が安い税率を認めているのは「相続」と「法人の合併」だけだからです。個人が持っている物件を自分の会社に売る、あるいは現物出資するという形は、どちらにも当てはまりません。その他の原因に入るので1,000分の20です。

評価額2,000万円の土地建物なら、1,000分の4なら8万円、1,000分の20なら40万円。差は32万円です。ここで使う「不動産の価額」は、固定資産課税台帳に登録された価格を基礎とする扱いになっています(登録免許税法附則7条)。売買代金ではなく評価額が土台になるということです。手元の課税明細書で見当がつきます(→ 固定資産税の課税明細書の見方は6つの欄から|築古アパートのオーナーが4月と3か月で動く)。

抵当権の債務者を変える登記は、金額ではなく個数で決まります

借入の名義が法人に替われば、登記簿に載っている抵当権の債務者も直すことになります。この登記は「登記事項の変更の登記」として、不動産1個につき1,000円です(登録免許税法 別表第一 一(十四))。

抵当権を新しく設定するときは債権金額の1,000分の4なので、3,000万円なら12万円。それに対して債務者の変更は個数で決まるので、土地2筆と建物1棟なら3,000円です。同じ抵当権をめぐる登記でも、金額で決まるものと個数で決まるものが混在しているということです。登記の可否や区分の判断は司法書士・法務局に確認してください。

あわせて、債務引受の契約書に貼る印紙は1通200円です(印紙税法 別表第一 第15号「債権譲渡又は債務引受けに関する契約書」。契約金額の記載があってそれが1万円未満のものは非課税)。借入が3,000万円でも200円で、金額で段が変わりません。金銭消費貸借契約書が同じ3,000万円で2万円(同 別表第一 第1号)なのと比べると、性格が違うことが分かります。文書ごとに号が違うと税額の決まり方も違う、という話です(→ 大家が結ぶ賃貸借契約書に印紙は要りません|例外の3つと、家賃の領収書)。

帳簿の価額で安く移せるのか

「税金が高くなるなら、安い値段で売ればいい」という発想は、条文が先に封じています。所得税法59条1項2号は、著しく低い価額の対価による譲渡(法人に対するものに限る)があった場合、その時の価額に相当する金額で譲渡があったものとみなすと定めています。「政令で定める額」は、譲渡の時における価額の2分の1に満たない金額です(所得税法施行令169条)。

ここでも読み落としやすいのはかっこ書きです。「法人に対するものに限る」と書いてあるので、この規定は個人から法人への譲渡にだけ効きます。個人どうしの安い売買では同じ扱いになりません。法人化の場面はまさに「法人に対するもの」なので、真正面から当たります。

さらに59条2項は、時価の2分の1以上で売った場合でも、対価が取得費と譲渡費用の合計に満たないときは、その不足額(=譲渡損)はなかったものとみなすとしています。安く売って損を出す形も想定されています。実際の税額と可否の判断は、必ず税務署または税理士に確認してください。ここに書いたのは、条文と政令から確かめられる範囲です。

不動産取得税は、受け取る法人側にかかります

物件を取得した法人には不動産取得税がかかります。標準税率は100分の4です(地方税法73条の15)。住宅や住宅用地には税率と課税標準の特例が置かれているため、実際の額は物件の内容で変わります。金額は都道府県の県税事務所に確認してください。埼玉・千葉県西部・栃木県南部で物件を持っている場合、窓口はそれぞれの県になります。

登録免許税・不動産取得税・司法書士報酬・法人の設立費用は、初年度に現金で出ていきます。税率の比較だけで判断すると、この現金の山を見落とします。法人にすると毎年かかる固定費のほうは、こちらにまとめてあります(→ 大家の法人化は所得900万円が目安なのか|税率の先にある3つの固定費)。

順番を間違えないための4ステップ

  1. 借入先に相談する:抵当権が付いた物件の名義は、承諾なしに動かせません。まずここが通るかどうか
  2. 移す形を決める:法人が新規に借りて完済するのか、免責的債務引受にするのか。銀行の判断で決まります
  3. 実費を数える:登録免許税(評価額×1,000分の20)+抵当権の登記+印紙+不動産取得税+司法書士報酬
  4. 売買価額を税理士と決める:時価の2分の1未満は所得税法59条に当たります

返済期間の条件は築年数で先に決まるので、1番目のステップは築古物件ほど重くなります(→ 築30年を超えたアパートでも融資がつく条件|オーナーが先に整える資料)。親が持っている物件を法人に移す話が出ているなら、登記簿の記載を先に確かめてください(→ 親の築古アパートを元気なうちに確認する5つのこと|住所変更登記の義務化が2026年4月に始まった)。

今日やることを1つだけ選ぶなら

登記事項証明書を取って、抵当権の欄に載っている「債務者」の名前を確かめること。そこに個人名が書かれている限り、法人化の話は借入先の承諾から始まります。税理士に先に相談しても、そこで止まります。証明書は法務局で取れますし、担保に入っている不動産が何個あるかも同時に数えられます。

出典

  • 民法472条(免責的債務引受の要件及び効果)(e-Gov法令検索・2026年9月4日時点の現行法)
  • 登録免許税法 別表第一 一(二)・一(五)・一(十四)、附則7条(同)
  • 印紙税法 別表第一 第1号・第15号(同)
  • 所得税法59条、所得税法施行令169条(同)
  • 地方税法73条の15(不動産取得税の税率)(同)

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