修繕の日程を入居者からもらえないとき|築古アパートのオーナーが開く契約書の2つの条文
給湯器の交換で職人の日程を押さえたのが月曜日。入居者に「今週の木曜、9時から12時でお願いします」と連絡すると、返事は「その日は無理です」。次の候補を3つ出すと、今度は返事が来ません。1週間後にもう一度連絡すると「今月は都合がつきません」。押さえていた木曜は空き、次に取れる日は2週間先になりました。
結論からお伝えすると、入居者は、修繕のための立入りを原則として断れません。民法606条2項に「賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない」と書かれています。ただし条文はもう一段あって、断れる場合があること、そして工事の内容によっては入居者の側に解除権が生まれることまで含めて組まれています。強く出る前に、この2つを先に知っておいたほうが結果的に早く工事に入れます。
拒めないと書いてあるのは、民法と契約書の2か所
根拠は2段になっています。
1つ目は民法606条です。1項が「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない」。そして2項が「賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない」。
2つ目は契約書です。国土交通省の賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版)は、第9条2項でこう定めています。
前項の規定に基づき甲が修繕を行う場合は、甲は、あらかじめ、その旨を乙に通知しなければならない。この場合において、乙は、正当な理由がある場合を除き、当該修繕の実施を拒否することができない。
立入りそのものは、第16条が別に置かれています。
- 1項:甲は、本物件の防火、本物件の構造の保全その他の本物件の管理上特に必要があるときは、あらかじめ乙の承諾を得て、本物件内に立ち入ることができる
- 2項:乙は、正当な理由がある場合を除き、前項の規定に基づく甲の立入りを拒否することはできない
- 3項:契約終了後に次の入居希望者や買主が下見をするときは、あらかじめ乙の承諾を得て立ち入ることができる
- 4項:火災による延焼を防止する必要がある場合その他の緊急の必要がある場合は、あらかじめ承諾を得ることなく立ち入ることができる。不在時に立ち入ったときは、立入り後にその旨を通知しなければならない
「拒めない」と「承諾を得て」が同じ条文に並んでいることに気づいてください。承諾を求める手順は省けません。省けるのは緊急のときだけで、そのときも事後に通知する義務が残ります。まず通知して承諾を求める、断られたら正当な理由かどうかを見る、という順番です。
「正当な理由」とは、どこまでを指すのですか?
条文に定義は置かれていません。実務で説明がつきやすいものと、つきにくいものを分けると次のようになります。
| 入居者の言い分 | どう扱うか |
|---|---|
| その日は勤務でどうしても在宅できない | 正当な理由になり得る。代替日を出す義務がこちらに戻る |
| 在宅できないので立会いなしで入ってほしくない | 正当な理由になり得る。立会人を立てる、時間帯を変えるなどで解ける |
| 体調・介護・小さな子どもの事情で、その時間帯は避けたい | 正当な理由になり得る。時間帯の調整で解ける |
| 理由を言わず、候補日にも返事をしない | 正当な理由が示されていない状態。ここが積み上げどころ |
| 今の設備で困っていないから工事自体をしてほしくない | 保存に必要な行為であれば、606条2項の対象。困っていないことは理由にならない |
断られた回数を数えるのではなく、こちらが出した候補日と、返ってきた理由を記録に残すのが実務です。理由が示されていれば調整の話、示されていなければ606条2項と契約書9条2項の話になります。

受忍義務の裏には、入居者の解除権がある
ここが抜けやすいところです。民法607条は、こう定めています。
賃貸人が賃借人の意思に反して保存行為をしようとする場合において、そのために賃借人が賃借をした目的を達することができなくなるときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。
拒めないと押し切れる範囲には、上限があります。数時間で終わる給湯器の交換や、1日で終わる室内の修繕なら、住み続ける目的が失われるとは考えにくいでしょう。一方、水回りを全面的にやり替えて2週間使えなくなる、床を全部はがして家財を出してもらう、といった規模になると、話が変わります。
この対比を意識しておくと、工事の組み方が変わります。1回で全部やるより、住みながらできる単位に割ったほうが、結果として早く終わることがあります。
放っておくと、こちらが払う側に回る
「入居者が断るなら、直さなくていい」とはなりません。修繕の義務はオーナー側に残ったままです。入居中に設備が壊れたとき、どこまで急ぐのかで整理したとおり、民法607条の2は、入居者が通知したのに相当の期間内に修繕がされないとき、入居者が自分で修繕できると定めています。そのとき業者も金額も選ぶのは相手です。
つまり、断られたまま止めておくと、「日程がもらえないので直せていません」という説明が通らない側に、こちらが立たされます。だから記録が要ります。
- 修繕の必要を知った日(入居者から通知が来た日、または点検で気づいた日)
- 通知した日と、その方法(書面・メール・チャットなど、日付が残るもの)
- 出した候補日3つと、それぞれの回答
- 断られた理由と、こちらが提案した代替案
- 職人の日程を押さえた日と、流れた日
民法615条は入居者側にも通知義務を課しています。壊れたことを知らせる義務がある以上、直させる場面での協力も、契約の中の話として扱われます。

日程が流れると、金額まで動くことがある
時間の話に見えて、実際は金額の話でもあります。分かりやすいのがエアコンです。大家さんの内装屋が公開している設備工事の価格表では、6畳用(2.2kW)の本体と標準取付工事が69,980円〜(税別)ですが、7〜9月のピークシーズンは75,980円〜(税別)になります。差額は6,000円。8畳用・10畳用でも同じく6,000円の差が付きます。
6月に日程が取れていたものが8月にずれれば、同じ工事で金額が上がります。「入居者の都合が合わないので秋にします」は、無料の先送りではありません。この点は、断られたときに伝える材料としても使えます。
季節で費用が動く話は、真夏にエアコンが壊れた連絡が来たらでも触れています。大家さんと入居者の距離感そのものについては、大家は入居者とどこまで関わるべきかが参考になります。
今日やることを1つだけ選ぶなら
いま使っている契約書に、第16条にあたる立入りの条項と、第9条2項にあたる修繕の受忍の条項が入っているかを確かめてください。古い書式や自社様式だと、立入りの条項ごと無いことがあります。無ければ民法606条2項だけで話すことになり、手順の説明に手間がかかります。次の更新で入れておく、というのが現実的な直し方です。
なお、断られ続けている案件を解除や訴訟に持っていくかどうかは、事情によって結論が変わります。踏み切る前に、弁護士や宅地建物取引士にご相談ください。
出典
- 民法(明治29年法律第89号)第606条・第607条・第607条の2・第615条/e-Gov法令検索(2026年8月27日時点)https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 国土交通省「賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版)」第9条・第16条https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000023.html
- 大家さんの内装屋「設備工事の価格表」(税別・2026年8月28日確認)https://owners-interior.com/pricelist/pricetable2/


