連絡がつかない入居者との契約をどう終わらせるか|築古アパートのオーナーと民法98条
6月分の家賃が入っていない、と管理会社から連絡が入ります。電話をかけると、呼び出し音が10回鳴ってから留守番電話に切り替わります。現地へ行くと、ドアポストにチラシが2本、差したまま折れている。隣の部屋の方に聞くと「先月の終わりごろから見ていません」。7月分も入りませんでした。
結論からお伝えすると、この段階でオーナーが最初に決めるのは「部屋をどうするか」ではありません。連絡がつかない相手に、契約を終わらせる意思表示をどうやって届けるかです。民法97条1項は「意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる」と定めています。内容証明郵便を出しても、あて所に尋ねあたらずで返ってきたままなら、解除は成立していません。届いていない通知は、出していないのと同じ扱いになります。
そこに用意されているのが、民法98条の「公示による意思表示」です。名前を聞いたことがない方が多いと思いますが、所在の分からない相手に法律上の通知を届けるための手続きが、条文として最初から置かれています。
部屋を開けることは、選択肢に入らない
先に外しておきます。オーナーが自分の判断で鍵を開けて中を確認する、荷物を運び出す、鍵を交換して入れないようにする。いずれも認められません。自分の権利を実力で回復する行為は、原則として禁じられています。無断駐車や放置自転車でも同じ結論になる話で、アパートの無断駐車と放置自転車をどう止めるかで詳しく整理しています。
ただし「安否が心配だから中を見たい」は、別の話として扱われます。警察官職務執行法6条1項は、こう定めています。
警察官は、前二条に規定する危険な事態が発生し、人の生命、身体又は財産に対し危害が切迫した場合において、その危害を予防し、損害の拡大を防ぎ、又は被害者を救助するため、已むを得ないと認めるときは、合理的に必要と判断される限度において他人の土地、建物又は船車の中に立ち入ることができる。
立ち入るかどうかを判断するのは警察官であって、オーナーではありません。オーナーの役割は、判断材料を渡すことです。最後に連絡がついた日、家賃の入金が止まった月、郵便物の溜まり方、隣室から聞こえる生活音の有無。安否確認そのものの段取りは、大家さん向けに連絡が取れない入居者への対応で手順としてまとめられています。この記事は、その先にある「契約をどう終わらせるか」を扱います。

契約は「催告して、解除する」で終わる。ただし届いていることが前提
家賃が支払われない場合の解除の根拠は、民法541条です。
当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。
順番は、催告(期間を切って払ってくださいと求める)、期間の経過、解除の通知です。ここまでは多くの方がご存じだと思います。実務が止まるのは、その全部が相手に届いていることを前提にしているという一点です。
催告書が返送された。解除通知も返送された。この状態で明渡しを求めても、そもそも解除の効力が生じていないところから始まってしまいます。
民法98条|届かない相手に、届いたことにする手続き
民法98条は、次のように組み立てられています。
- 使える場面:相手方を知ることができない、またはその所在を知ることができないとき(1項)
- やり方:公示送達に関する民事訴訟法の規定に従い、裁判所の掲示場に掲示し、かつ、その掲示があったことを官報に少なくとも1回掲載する(2項)。裁判所が相当と認めるときは、官報に代えて市役所・区役所・町村役場などの掲示場に掲示するよう命じることができる
- いつ届いたことになるか:最後に官報に掲載した日、または掲載に代わる掲示を始めた日から2週間を経過した時に、相手方に到達したものとみなす(3項)
- どこへ申し立てるか:所在が分からない場合は、相手方の最後の住所地の簡易裁判所(4項)
- お金:裁判所は、申し立てた側に公示に関する費用を予納させなければならない(5項)
ここで一番大事なのは、3項のただし書です。
ただし、表意者が相手方を知らないこと又はその所在を知らないことについて過失があったときは、到達の効力を生じない。
「探し方が足りなかった」と評価されると、手続きを踏んでも到達の効力が生じません。2週間待ったのに、解除が成立していなかったという結果になり得ます。つまりこの制度は、探した事実を積み上げた人だけが使えるようにできています。
「探した記録」とは、何を残せばいいのですか?
形式の決まった様式はありませんが、少なくとも次のものは日付つきで残しておくと、後から説明できます。
- 電話をかけた日付・時刻・回数と、つながらなかった状態(呼び出しのみ、留守電、電源が入っていない等)
- 郵便受けの状態を写した写真。撮影日が記録されるもの
- 契約書に書かれた緊急連絡先・連帯保証人・勤務先へ連絡した記録と、その返答
- 家賃保証会社を使っている場合、保証会社への通知日と督促の経過
- 返送された催告書・解除通知の封筒(開封せずに保管)
1本目の電話から残しておくことが効きます。家賃滞納の対応は最初の1週間で決まるで書いたとおり、記録は後から作れません。

失踪宣告は、この場面には間に合わない
「行方が分からないなら失踪宣告では」と考える方がいます。条文を見ると、時間の感覚が合わないことが分かります。
- 民法30条1項:不在者の生死が7年間明らかでないときに、家庭裁判所が利害関係人の請求により宣告できる
- 民法30条2項:戦地に臨んだ者、沈没した船舶の中に在った者、その他死亡の原因となるべき危難に遭遇した者は、危難が去った後1年
- 民法31条:宣告を受けた者は、その期間が満了した時に死亡したものとみなす
通常の行方不明では7年です。空室のまま7年待つ選択肢は、賃貸経営としては成立しません。失踪宣告は相続の場面で使う制度であって、明渡しを進める道具ではない、と割り切ったほうが早く動けます。
契約が終わっても、部屋の中の物は別の問題として残る
解除が成立し、明渡しの手続きが進んでも、室内に残された家財は自動的に処分できるようにはなりません。所有権は入居者側にあるままです。この扱いは退去後の残置物はオーナーが捨てていいのかにまとめています。
国土交通省と法務省が示している「残置物の処理等に関するモデル契約条項」は、単身高齢の入居者について、入居の時点で死後事務委任契約などを結んでおく形のひな形です。連絡がつかなくなってから使えるものではありません。備えとしては有効ですが、いま起きている件には間に合わない、という順番になります。
戻ってきた部屋を、貸せる状態にするまでの費用
手続きの費用は事案によって幅が大きく、ここで幅を書くと誤解を招きます。一方、明渡しの後に必ずかかる内装側の費用は、公表されている料金表から見当がつきます。
| 工事 | 業者価格(税抜) | 個人が単発で頼む場合の目安 |
|---|---|---|
| スタンダードクロスの張替え(量産品・めくり代・残材処分代・下地処理代を含む) | 1,088円/m | 約1,300〜1,400円/m |
| クッションフロア貼り(既存の床へ上貼りできる場合) | 3,980円/㎡ | 約4,800〜5,200円/㎡ |
(出典:大家さんの内装屋「クロス張替えの料金表」2026年7月1日改定・税抜)。業者価格は、継続して発注する大家さんや管理会社が使う水準です。個人が単発で依頼する場合は、おおむね2〜3割上と見ておくと外れません。6畳の壁と天井でクロスがおよそ25〜30m分、床がおよそ9.7㎡です。
ただし、この金額より重いのは空室のまま止まっている月数です。家賃6万円の部屋で手続きに6か月かかれば、それだけで36万円が消えます。急ぐ理由は、部屋の傷みではなく時間のほうにあります。
今日やることを1つだけ選ぶなら
いま入居中の全部屋について、契約書の緊急連絡先の欄が埋まっているか、そこに書かれた番号が今も生きているかを確かめてください。連絡がつかなくなってから探すものは、契約時に書いてもらったこの1行だけです。空欄のまま契約している部屋があれば、更新のタイミングで埋めます。
なお、解除・明渡し・公示による意思表示の申立ては、事情によって進め方も結論も変わります。実際に踏み切る前に、弁護士にご相談ください。
出典
- 民法(明治29年法律第89号)第30条・第31条・第97条・第98条・第541条・第601条/e-Gov法令検索(2026年8月27日時点)https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 警察官職務執行法(昭和23年法律第136号)第6条/e-Gov法令検索(2026年8月27日時点)https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000136
- 国土交通省・法務省「残置物の処理等に関するモデル契約条項」https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000101.html
- 大家さんの内装屋「クロス張替えの料金表」(2026年7月1日改定・税抜)https://owners-interior.com/pricelist/


