「家賃を下げてくれれば借りる」という入居申込は、条文の上では新しい申込みです|築古アパートのオーナーが読む民法528条
結論からお伝えすると、「家賃を下げてくれれば借りる」という入居希望者の返事は、民法の上では、最初の申込みを断って、新しい申込みを出したことになります。民法528条がそう決めています。大家さんが「それなら下げます」と答えても、その時点で契約が成立するとは限りません。成立するのは、変更後の条件を相手が承諾したときです。
仮の話です。募集家賃が5万8,000円の部屋に、入居申込書が届く。同じ日に「5万5,000円にしてもらえるなら借ります」と連絡が入る。大家さんは3,000円なら仕方ないと考え、「5万5,000円でどうぞ」とメールで返す。ところが相手からは何の返事も来ないまま、別の申込みも入ってしまう。さて、最初の申込みは生きているのか。条文を順に見ると、整理できます。
申込みと承諾で契約が成立する、という前提
民法522条は、契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(申込み)に対して、相手方が承諾をしたときに成立すると定めています。そして契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成などの方式は要りません(522条2項。法務省の新旧対照条文で確認しました)。賃貸借も、法律の上では口頭の合意で成り立つ契約です。
賃貸の場面に当てはめると、一般には、募集広告は「申し込んでください」という誘いにあたり、入居申込書が申込みにあたる、と整理されます。ただし、申込書が民法上の申込みと見られるかどうかは、書面の書き方や運用で変わります。
民法528条は何を決めているか
528条は、承諾者が、申込みに条件を付けたり、その他の変更を加えたりして承諾したときは、その申込みの拒絶とともに、新たな申込みをしたものとみなす、と定めています。
- 「5万5,000円なら借ります」:元の条件への承諾ではない。元の申込み(5万8,000円)の拒絶と、新しい申込み(5万5,000円)になる
- 大家が「それでどうぞ」と答える:新しい申込みへの承諾にあたる形になる
- 入居希望者が「やっぱり5万8,000円で」と言う:元の申込みは拒絶で終わっているので、もう一度申込みをし直す形になる
つまり、値下げ交渉が入った瞬間に、最初の申込書の効力は戻らなくなります。「条件は変わったが、書類は最初の申込書のまま」という状態が、いちばん危うい点です。

大家が条件を変えて返したら、どうなるのか
この問いは、大家さんの側から見るともう1つあります。大家さんが「5万8,000円ではなく、5万5,000円なら貸します」と返す場合も、同じ考え方です。これは入居希望者の申込みに変更を加えたものなので、申込みを断って、新しい申込みを出した形になります。契約が成立するかどうかは、入居希望者が、その条件を受けるかどうかにかかります。
ここで2つ目の点があります。条件を変えて返したあと、相手の返事を待っているあいだに別の申込みが入ったとき、大家さんは新しい申込者に先に応じてよいのか、という問題です。入居希望者に返事の期限を示していなければ、いつまで待つのかが決まりません。申込みの撤回の可否は、民法の別の条文(523条・525条)が決めています。

書面に残すとき、何を書くか
- 最初の申込書の条件と、変更後の条件を並べて書く(家賃・共益費・入居日・契約期間)
- 変更後の条件で、あらためて入居申込書か承諾の書面をもらう
- 返事の期限を、日付で書く(例:10月10日の17時まで)
- 期限までに返事がなければ、この条件での話は終わる、と書く
メールでのやり取りは、口頭より残りますが、変更前後の条件が混ざりやすい点には注意が要ります。申込みから契約までの動き方は、入居審査でオーナーが見る点と、見てはいけない点|築古アパートで申込を減らさない基準と合わせて読むと整理しやすくなります。
申込みのあとにキャンセルが出たとき、返すお金と作業の順番は、申込のあとキャンセルされたとき|築古アパートのオーナーが返すお金と作業を止める順番にまとめています。
都合の悪いことも書いておきます
民法528条は、契約の成立を整理する基本のルールです。実際の賃貸の申込みでは、仲介会社が間に入り、申込書の書式や預かり金の扱いなど、個別の約束が重なります。それらによって、どの時点で契約が成立したと見られるかが変わることがあります。値下げ交渉が絡んで争いになりそうなときは、弁護士や、仲介を担当した宅地建物取引業者に確認してください。
今日できること
- 今使っている入居申込書に、回答の期限を書く欄があるかを見る
- 家賃交渉が入ったときに、変更後の条件を書面で出し直す手順を決める
- 条件を変えて返す場合は、「この条件での話」と明記する文面を用意する
出典
民法522条・528条(2026年10月2日時点)。


