クロスは全面か一面か|築古アパートのオーナーが張り替え範囲を決める順番と入居者に請求できる範囲
退去精算の書類に「クロス張替 一式」と1行だけ書かれていて、その横に金額が並んでいる。どの面を張り替えたのか、何平方メートルなのか、前の張り替えから何年経っているのか、どこにも書かれていない——この形の精算書が、退去時にいちばん揉めます。
結論|「全面か一面か」には、性質の違う2つの問いが混ざっている
結論からお伝えすると、クロスの張り替え範囲を決めるとき、大家さんは2つの別々の問いを同時に考えています。
- 商品としてどこまで張り替えるか(次の入居者に見せる部屋をどう作るか=大家さんの経営判断)
- そのうち、退去した入居者にどこまで請求できるか(原状回復の負担区分=ルールの話)
この2つはぴったり重なりません。全面に張り替えること自体はまったく自由ですが、その費用を全部入居者に回せるわけではない。ここを混ぜたまま「一式」で精算するから、話が噛み合わなくなります。

国のガイドラインは「一面分まで」と書いている
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」に関する参考資料(令和5年3月・住宅局参事官)には、こう整理されています。
- 入居者の負担対象単位としては平方メートル単位が望ましいが、毀損箇所だけの張り替えではその部分が明確に判別できる状態になってしまうため、毀損させた箇所を含む一面分までは入居者負担としてもやむをえない
- 一方で、部屋全体のクロスの色・模様を一致させるのは商品価値の維持・増大という側面が大きく、部屋全体の張替費用を入居者負担とすることは妥当ではない
- ただし喫煙等によって居室全体のクロスが変色したり臭いが付着している場合は例外で、居室全体の補修費用を入居者負担とすることが認められている
同じ資料には、管理会社を対象にした「令和4年アンケート」(調査期間 令和4年11月29日〜12月15日、回収691件。この設問の回答は437社)の結果も載っていて、原状回復でとくにトラブルになりやすい部位の1位はクロスで73.5%。2位のフローリング52.4%を大きく離しています。範囲でもめる代表格が、まさにクロスなのです。
経過年数で割合が下がり、6年で1円になる
ガイドラインではクロスの耐用年数を6年とし、6年で残存価値1円となる直線を想定して負担割合を出します。参考資料の計算例はこうです。
8畳の部屋(天井13㎡、左右各10㎡、窓側・扉側の壁の計7㎡)で、工事費単価1,200円/㎡、新築時から4年入居して退去。破れやキズが2か所あり、負担対象は左右の2面(計20㎡)。負担割合は33.3%(耐用年数6年で4年経過)となり、20㎡×1,200円×33.3%=8,000円が目安。色合わせのために残りのクロスも張り替える場合、その分は全額大家さん負担。
そして退去時に6年を過ぎていれば、負担割合は1円(ほぼ0%)になります。ただし資料は「経過年数を過ぎている場合にも賃借人は善管注意義務を負っている」とも書いていて、落書きのような故意の毀損には一定の負担を求められることがある、としています。
なお、この計算例の1,200円/㎡は資料が事例検討のために設定した単価であって、相場を示したものではありません。資料自身が「計算例の単価より実際の工事費単価が高いからといって必ずしも不当な請求というわけではありません」と注記しています。数字の性格を取り違えないでください。
(出典:国土交通省「『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン』に関する参考資料」令和5年3月)

では、大家さんは全面と一面をどう決めるか
請求できる範囲と、実際に張り替える範囲は別です。商品としての判断をするときは、金額を出す前に次の条件を割ってください。
- 下地の状態(和室の砂壁や土壁など、もともとクロスが貼られていない面は別途の下地処理になります)
- 天井を含めるか(面積がまとまって増える一方、部屋の明るさは天井で決まります)
- 使うクロスの種類をいくつにするか(アクセントを入れると種類数が増え、単価の段が上がります)
- 申し込み方法(WEB申込か電話申込かで単価が変わる会社があります)
大家さんの内装屋が公表している料金表では、スタンダードクロス(量産品)の張り替えが1,088円/m(WEB申込・税抜/電話申込はプラス50円)。この単価には古いクロスのめくり代・残材処分代・下地処理代が含まれています。クロスを3種類以上使うと1,248円/m、7種類以上で1,388円/mに上がり、ハイグレードクロスは1,548円/mです。
同社の計算例では、一般的な6畳間は部屋全体41.63㎡から建具や窓の8.3㎡を引いて33.33㎡、これをメートル換算して約37m。1,088円×37m=約40,256円(税抜)となります。
(出典:大家さんの内装屋「クロス張替えの料金表」および同「クロスの平米計算」・2026年7月1日改定・税抜/2026年8月16日時点で確認)
ただしこの水準は、継続して工事を発注する事業者向けの業者価格です。大家さんが単発で工事会社に頼む一般消費者価格は2〜3割ほど上で、1mあたり1,300〜1,400円前後、6畳の壁天井なら4万8,000〜5万2,000円ほどを見ておくと外れません。
一面だけ張り替えると、色が合わないのではありませんか?
合いません。同じ品番でも、既存の面は日焼けとヤニで色が沈んでいます。だからガイドラインも「毀損箇所のみの張替えではその部分が明確に判別できる状態となり建物価値の減少を復旧できていないことがある」と書いたうえで、一面分までを認めているわけです。
実務としては、色合わせのために全面を張り替え、その差額は大家さんが持つという形が素直です。そして精算書には「入居者負担は2面・○㎡・経過4年で33.3%」「残りは大家負担」と分けて書く。書き方を変えるだけで、同じ金額でも揉め方がまるで違います。敷金の精算書で揉めるのは金額より書き方で、この書き分けを詳しく扱っています。
入居時と退去時の記録が、範囲の根拠になる
「その傷は入居前からあった」と言われたときに出せるものが無ければ、一面分の請求も通りません。退去の立会いで写真を撮る場所と、退去後の残置物と原状回復の負担区分を先に整えておくと、範囲の話が事実の話になります。
今日やることを1つだけ選ぶなら
手元にある直近の精算書を1枚開いて、「クロス張替 一式」と書かれていないかを確かめてください。書かれていたら、次から「面ごと・㎡ごと・経過年数と負担割合つき」で出すよう工事会社と管理会社に伝える。ここを直すだけで、退去のたびに起きていた押し問答が半分に減ります。


