敷金の精算書で揉めるのは金額より書き方|築古アパートのオーナーが入れる4つの欄
結論からお伝えすると、敷金の精算で揉めるかどうかは、請求した金額の高さではなく精算書に何が書いてあるかで決まります。金額が正しくても、根拠が一行しかなければ、入居者は納得のしようがありません。
退去の立会いを終え、業者の見積が届き、それを転記して精算書を送る。返事が来るのはたいてい一週間後です。「クロス張替え一式。何でこの金額なんですか」と聞かれて、その場で答えられるか。答えられなければ、そこから先は金額の交渉ではなく、信用の話になります。
揉める精算書には共通点がある
揉めた精算書は、驚くほど似ています。「一式」の一行しか書かれていない、という点です。
- クロス張替え工事一式
- 室内クリーニング一式
- その他補修費用一式
これは業者の見積の書式をそのまま使うために起きます。工事を請ける側は一式で足りますが、入居者に見せる書類としては、どこが・どんな状態で・なぜその人の負担なのかが一つも書かれていません。
築古ではここがさらに難しくなります。もともと傷んでいた部分と、その入居者が住むあいだに起きた部分が、見た目では分かれないためです。分かれないまま金額だけを出せば、入居者には「古い部屋の直し賃を払わされている」と見えます。

精算書に入れる4つの欄
やることは、見積を写すのをやめ、次の4つを一行ずつ書き分けることです。
- どこが・どうなっていたか……「洋室6畳の南側の壁」「シンク下の扉」のように、部位と状態を分けて書く
- 誰の負担か・その理由……通常の使用で生じたものか、故意や不注意によるものか
- 何年住んだか(経過年数)と、どこまで差し引いたか
- 数量と単価……「一式」をやめ、何平方メートル・何枚・何本かを書く
この4つが並んでいれば、相手が金額に不満でも、話す場所は「どの行か」に絞られます。一式のままだと、精算書の全体が争点になります。
経過年数を書かないと、正しい金額でも通らない
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」は、入居者の負担を決めるときに経過年数を考えるという立場を取っています。平成19年の税制改正で残存価値が廃止され、耐用年数が過ぎた時点で残存簿価1円まで償却できるようになったことを踏まえ、たとえばカーペットなら6年で残存価値1円になるような直線を描いて、経過年数から入居者の負担割合を決める、という考え方が示されています。
同じガイドラインには、主な設備の耐用年数も並んでいます。
- 5年……流し台
- 6年……エアコン・ルームクーラー・ストーブなどの冷暖房機器、電気冷蔵庫、ガスレンジ、インターホン
- 8年……金属製以外の家具(書棚、たんす、戸棚など)
- 15年……便器、洗面台などの給排水・衛生設備
- 建物の耐用年数……ユニットバス、浴槽、下駄箱(建物に固着して一体不可分なもの)
逆に、経過年数を考えないものもあります。鍵を紛失された場合のシリンダー交換と、通常の清掃をしていなかった場合の清掃費用です。この2つは費用の相当分をそのまま入居者の負担とする、とされています。
10年住んだ人にクロスの張替え代を全額請求すれば、たとえ汚したのが本人でも、その形では通りません。逆に、経過年数を引いた根拠が書いてあれば、金額そのものは小さくても筋が通ります。
通常損耗と不注意は、どこで分かれるのか
ガイドラインは、貸す側が負担するものと借りる側が負担するものを例示しています。設備まわりだけを抜き出すと、次のようになります。
貸す側の負担とされている例
- 専門業者による全体のハウスクリーニング(入居者が通常の清掃をしている場合)
- エアコンの内部洗浄(喫煙などの臭いが付着していない場合)
- 台所・トイレの消毒
- 浴槽・風呂釜の取替え(破損はないが、次の入居者確保のために行うもの)
- 鍵の取替え(破損も紛失もない場合)
- 設備機器の故障・使用不能(機器の寿命によるもの)
借りる側の負担とされている例
- 結露を放置して拡大したカビやシミ(貸主に伝えず、拭き取りもしないまま壁を腐食させた場合)
- タバコのヤニ・臭い(クロスが変色したり臭いが付着している場合)
- 重い物を掛けるためのくぎ穴・ネジ穴で、下地ボードの張替えが必要な程度のもの
- 日常の清掃を怠ったための台所の油汚れ、風呂・洗面台の水垢やカビ
並べて分かるのは、結露もカビも油汚れも、「起きたこと」ではなく「起きたあと放っておいたこと」で分かれているという点です。だから精算書には「カビ」ではなく「入居中に連絡がなく、拭き取りもされないまま拡大した」と、経過が書けるかどうかが効いてきます。書けないなら、そこは通常損耗として自分で持つ方が早い判断です。
また、ガイドラインは負担の単位も決めています。畳は原則として一枚単位、柱は一本単位です。部屋全体でまとめて請求する形は、ここでも根拠を失います。

精算書を出すまでの順番
順番が入れ替わると、あとから直せなくなります。
- 立会いのときに写真を撮る(退去の立会いで写真を撮る場所を先に決めておく)
- 見積を数量と単価が分かる形で出してもらう。「一式」で来たら、その場で分けてもらう
- 行ごとに負担区分を分ける
- 入居年数から経過年数を引く
- 4つの欄で精算書を作る
- 送る前に、入居者の立場で一度読む
2番を飛ばすと3番以降ができません。見積を受け取った時点が分かれ目です。
それでも合わないときは
負担区分や特約の有効性は、最後は個別の事情で判断されます。金額が大きいとき、契約書の特約が争点になっているときは、こちらから結論を出さず、宅地建物取引業者や弁護士、お住まいの自治体の消費生活センターに相談してください。ガイドラインは裁判の基準そのものではなく、トラブルを防ぐための考え方を示したものです。
あわせて、退去後に残された荷物の扱いや、設備が壊れたときの修理と交換の線引きも、精算の直前ではなく契約のときに決めておけば、精算書を書く手間が減ります。
今日やることを1つだけ選ぶなら
手元にある直近の精算書を1枚開いて、「一式」と書かれた行が何行あるかを数えてください。1行でもあれば、次の退去からは、その行を数量と単価に割ってもらうよう業者に伝える。それだけで、揉める確率は目に見えて下がります。


