退去後の残置物はオーナーが捨てていいのか|築古アパートの処分と原状回復の負担区分
鍵を受け取って空室に入ると、洗濯機と衣装ケースが3つ残っている。カーテンレールにはカーテンがかかったまま。冷蔵庫を開けると調味料が入っている。退去した方に電話はつながって、「もういらないので処分してください」とだけ言われた。築古アパートでは、これが特別な出来事ではありません。
結論からお伝えすると、残された物は、処分してよいという同意を書面で受け取るまで、オーナーが勝手に捨ててはいけません。そして処分にかかった費用は、クロスや床の原状回復費とは分けて計算します。この2つをまとめて敷金から引くと、精算の説明ができなくなり、返金を求められたときに反論できなくなります。

残された物は誰のものか
部屋を引き渡してもらっても、置いていかれた家財の所有権は入居者側に残ります。「部屋が返ってきた=中の物も自由にできる」ではありません。取り違えたまま処分すると、あとから「あれは大事な物だった」と言われたときに反論できません。
一般的には、次の3つがそろっているかどうかで判断が変わります。
- 処分してよいという意思表示が、書面や記録に残っているか
- 所有権を放棄したのか、それとも「預かっておいて」なのか
- 入居者本人ではなく、相続人や連帯保証人が相手になっていないか
電話で「捨てていいです」と言われた場合、その言葉は有効に見えても、記録がなければ後から確認できません。通話の日時と相手の名前、言われた内容をその日のうちにメモし、あわせて「残置物の所有権を放棄し、処分に同意します」という一文に署名をもらうところまで進めてください。メールやメッセージアプリの文面でも記録として残ります。
処分費用は、原状回復費と同じ欄に書かない
残された物の処分費と、クロス・床・設備の原状回復費は、性質が違います。前者は「片付けの費用」で、後者は「傷んだ部分を戻す費用」です。請求書で1行にまとめてしまうと、入居者側から見て何にいくらかかったのか分からなくなります。
通常の使用でついた傷はオーナー負担
原状回復の負担区分は、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」が広く参照されており、2020年4月に施行された改正民法でも、通常の使用によって生じた損耗と経年変化については賃借人が元に戻す義務を負わない、という考え方が条文に整理されています。
つまり、日焼けした畳、家具を普通に置いていた床のへこみ、年数で汚れたクロスは、原則としてオーナー側の負担です。一方で、タバコのヤニ、ペットによる傷、水漏れを放置して広げた腐食などは、入居者側の負担になり得ます。
残置物の処分費はどちらの負担か
置いていった物の撤去は、通常の使用で自然に発生するものではありません。そのため一般的には、入居者側に請求できる費用として扱われます。ただし請求できることと、実際に回収できることは別です。金額の根拠を出せるようにしておくことが、回収できるかどうかを分けます。
- 処分業者の見積書と請求書(品目と数量が書かれたもの)
- 撤去前の写真(部屋のどこに何が残っていたか分かる引きの写真)
- 撤去後の写真(同じ位置から撮る)
「室内残置物撤去一式」の1行だけでは、入居者側が納得しません。品目と数量まで書かれた明細を業者に出してもらってください。設備の交換と修理の線引きについては、設備が壊れた連絡が入ったときの判断ラインも参考になります。

連絡がつかないまま退去されたときは、どう動くか
いちばん厄介なのがこの状況です。部屋は空で、鍵は郵便受けに入っていて、電話は通じない。焦って片付けたくなりますが、順番があります。
- 室内の状態を撮る。片付ける前に、部屋全体と残っている物を写真に残します
- 連絡を試みた記録を残す。電話の発信履歴、送った郵便の控え、訪問した日時をメモします
- 連帯保証人・保証会社・緊急連絡先に連絡する。契約書に書かれている順に当たります
- 契約が終了しているかを確認する。退去届が出ているか、家賃が止まっているだけなのかで扱いが変わります
- ここまでで解決しなければ、動く前に弁護士に相談する。自力で処分してしまう前の1回が、いちばん安く済みます
家賃が止まっている段階から動く場合の順番は、家賃滞納の対応は最初の1週間で決まるにまとめています。
置いていかれる前に、契約で決めておけることはあるか
あります。とくに単身の高齢の入居者がいる場合、亡くなったあとに賃貸借契約の解約と家財の処理が進まなくなることがあります。この問題に対して、国土交通省と法務省は2021年6月に「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を公表しています。入居者が受任者を決めておき、亡くなったあとの契約解除と残置物の処理をその受任者に委託しておく、という形です。
使うことが義務づけられているものではありませんが、「起きてから考える」より「契約のときに決めておく」ほうが、オーナーも入居者も負担が軽いという点で、築古アパートには相性のよい仕組みです。あわせて高齢の入居者が増えた築古アパートの備えも確認しておくと、緊急連絡先の整え方まで一続きで準備できます。
なお、残された家電のうちエアコンだけは扱いが違います。次の入居者に使わせるのか外すのかで判断が分かれるため、残置エアコンは置いていくか撤去するかを先に決めておいてください。
今日からできる3つのこと
- 退去の連絡が入った時点で、「残った物は処分してよいか」を書面で確認する欄を作る。立会いの書類に1行足すだけで足ります
- 処分費は原状回復費と別の行に書く。明細は品目と数量まで出してもらう
- 片付ける前に必ず撮る。撮り忘れた写真は、あとから作れません
残置物と原状回復は、揉めるときはほぼ同時に揉めます。逆に言えば、この2つの記録が分けて残っていれば、話し合いは短く終わります。相続や所有権が絡む判断は法律の領域ですので、動く前に弁護士へご相談ください。


