鍵が返ってこないまま退去されたとき|築古アパートのオーナーが敷金を精算する前に確かめる3つ
結論からお伝えすると、鍵が戻っていない間は、法律の上では「賃貸物の返還を受けた」といえない場面が多く、敷金を返す義務もまだ発生していないのが原則です。ただし、鍵が返ってこないからといって部屋に勝手に入ることはできません。オーナーがやることは3つです。①明渡しの日を書面で確定させる ②鍵の紛失としてシリンダー交換の費用を整理する ③工事の日は鍵が揃ってから入れる。順に見ていきます。
退去の予定日を過ぎても、郵便受けに鍵が入っていない。電話はつながらない。部屋の前まで行っても中の様子は分からない——という状態から、この話は始まります。

敷金の返還は「退去日」ではなく「返還を受けたとき」から
民法601条は、賃貸借を「引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約する」契約と定義しています。返すところまでが契約の中身に入っています。
敷金についてはもっと明確です。民法622条の2第1項は、貸主が敷金を返さなければならない場面を2つ挙げていて、その1号が「賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき」です。「かつ」でつながっている点が重要で、契約が終わっただけでは足りない書き方になっています。
国土交通省の賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版)の《作成にあたっての注意点》は、この関係をさらにはっきり書いています。第6条第3項の解説にこうあります。「物件の明渡債務と敷金返還債務とは同時履行の関係に立つものではなく、敷金返還時期は、明渡しが完了したときである」。
つまり「退去日が来たのに敷金が返ってこない」という言い方は、契約書の構造とはかみ合いません。起点は明渡しの完了です。ただし、鍵が1本足りない状態を明渡しの未完了と評価できるかは事情によって分かれます。占有が残っているのか、単に返却の手続きが遅れているだけなのかで判断が変わる領域なので、支払いを止める判断をする前に弁護士へ確認してください。
鍵の返却は、原状回復の項目として表に載っている
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」(国土交通省住宅局・平成23年8月)の別表2は、借主の負担単位を部位ごとに並べた表です。そこには「鍵の返却」という行があり、鍵についてこう書かれています。
- 負担単位は補修部分。鍵は、紛失の場合はシリンダーの交換も含む
- 鍵の紛失の場合は、経過年数は考慮しない
ここが実務で効いてきます。クロスは6年で残存価値1円まで、設備機器は耐用年数で削られていくのに、鍵の紛失だけは年数で減らないと書かれています。築30年のアパートでも、鍵の紛失によるシリンダー交換は減額の対象になっていません。
別表1の側も見ておきます。貸主負担の欄には「鍵の取替え(破損、鍵紛失のない場合)」が並び、借主負担の欄には「鍵の紛失または破損による取替え」が並んでいます。考え方の欄では、紛失や不適切な使用が原因の場合は借主負担、次の入居者を確保するための交換は貸主負担、と整理されています。鍵交換の費用を誰が払うかは入居時の特約の話ですが、退去時は「紛失かどうか」の一点で分かれます。

鍵が返ってこないなら、勝手に入ってよいのでしょうか?
できません。標準契約書の第16条は、貸主の立入りを次のように限定しています。第1項は「防火、本物件の構造の保全その他の本物件の管理上特に必要があるときは、あらかじめ乙の承諾を得て」立ち入ることができるとし、第4項は「火災による延焼を防止する必要がある場合その他の緊急の必要がある場合」に限って承諾なしの立入りを認め、そのうえで「乙の不在時に立ち入ったときは、立入り後その旨を乙に通知しなければならない」としています。
鍵が返ってこないことは、この第4項の「緊急の必要」には通常あたりません。契約が終わっていても、借主の物が残っていれば占有は残ります。自分で解決しようとせず、内容証明での通知、明渡しの合意書、それでも動かなければ法的手続き——という順番に乗せるのが結果的にいちばん早い道です。退去の立会いで写真を撮る場所で書いたとおり、この段階で室内の状態を記録できていないと、あとで負担の話にも入れません。
現場では、鍵1本で工事が1日ずれます
法律の話とは別に、鍵はそのまま空室日数に跳ね返ります。関東で賃貸の原状回復を扱っている「大家さんの内装屋」は、鍵の手配について自社サイトに注意書きを出しています。
「キーボックスの番号が異なっていたり、管理会社がカギを持ち帰ってしまった等が発生することがしばしばあり、カギの手配にお時間がかかり、当日お見積や工事ができなくなってしまうことがあります」「特に内装工事日については、格安料金にて工事を行っているため、早朝から夜遅くまで工事を行わさせていただく場合が多いのですが、そういった場合、早朝から工事を行うことができず、本来1日で終わる予定の工事が2日かかってしまうことがあります」「そういったカギのトラブルが生じた場合には、その日はお見積や工事には入らず、別の現場に向かってしまうことがあり、別日にあらためてお見積や工事を行わさせていただくことがあります」(出典:大家さんの内装屋「お見積時及び工事当日のカギの手配について」)。
職人は朝いちばんに現場へ入ります。鍵が開かなければ、その日は別の現場に回ります。次の枠が3日後なら、空室は3日延びます。家賃5万円の部屋なら1日あたり約1,600円。鍵1本の話が、金額の話になります。空室日数の数え方で区間を記録していると、この溶け方が数字で見えます。
鍵の本数は、契約書の頭書に書く欄があります
標準契約書の頭書(1)には、設備の一覧のなかに「鍵」の欄があり、「有・無(鍵No. ・ 本)」と鍵番号と貸出本数を書く形になっています。作成にあたっての注意点にも「鍵番号と貸出本数をカッコの中に記入してください」と明記されています。
ここが空欄のまま運用されている築古アパートは、少なくありません。何本渡したかが決まっていないと、「全部返した」「1本足りない」の話が成立しません。合鍵を作られていた場合も追えません。本数を書いていないことは、退去のときに初めて損失になります。
返却の方法も、契約時か退去の連絡が来た時点で決めておいてください。「郵便受けに入れておく」で運用していると、入っていないのか抜かれたのかが分かりません。手渡しか、追跡できる郵送かのどちらかにして、受け取った日を記録します。この日付が、敷金の精算を始められる日になります。
今日やることを1つだけ選ぶなら
いま入居中の部屋について、契約書の鍵の欄に本数が書いてあるかどうかを確認してください。書いていなければ、鍵番号と本数を台帳に起こしておく。次の退去のときに、返ってきたかどうかを判断できる材料はこれだけです。なお、賃料や損害金の請求、明渡しが完了したかどうかの評価は個別の事情で結論が変わりますので、実際に動く前に弁護士へ確認してください。


