ペットの傷とにおいはどこまで請求できるか|築古アパートのオーナーが柱とクロスで分ける2つの線
結論からお伝えすると、ペットの傷とにおいは、国のガイドラインでは「借主の負担」の側に整理されています。ただし請求できる金額は、傷んだ場所が柱・襖なのか、クロスなのかで大きく変わります。クロスは6年で残存価値1円まで減っていくのに対して、柱と襖は経過年数を考慮しないと書かれているためです。もうひとつ、ペット可にしていた部屋では「消毒の特約」が有効と認められた一方で、クロスの張り替えは認められなかった裁判例があります。どこに線が引かれているかを、条文と別表で順に見ていきます。
退去した部屋に入ると、柱の下のほうに縦の擦り傷が何本も走っている。襖は下半分が破れ、桟が見えている。窓を閉め切ってあった部屋は、玄関を開けた瞬間に獣のにおいが残っている。築古アパートでペット可にしている物件では、珍しい話ではありません。

ガイドラインは、ペットの傷とにおいをどこに置いているか
国土交通省住宅局の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」(平成23年8月)は、損耗を区分ごとに整理した別表を持っています。その建具(襖、柱など)の欄に、こう書かれています。
「飼育ペットによる柱等のキズ・臭い」——区分は、賃借人の使い方次第で発生したりしなかったりするもの、つまり借主負担の側です。
考え方の欄には、その理由がこう書かれています。「特に、共同住宅におけるペット飼育は未だ一般的ではなく、ペットの躾や尿の後始末などの問題でもあることから、ペットにより柱、クロス等にキズが付いたり臭いが付着している場合は賃借人負担と判断される場合が多いと考えられる。なお、賃貸物件でのペットの飼育が禁じられている場合は、用法違反にあたるものと考えられる」。
読み分けておきたいのはこの最後の一文です。「借主負担かどうか」と「用法違反かどうか」は別の話として書かれています。ペット可の部屋でも傷とにおいは借主負担になり得る。そのうえで、禁止していた部屋で飼われていた場合は、さらに用法違反という別の問題が乗る、という構造です。用法違反については民法616条が594条1項を準用しており、借主は「契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い」使用しなければならないと定めています。ただし、それを理由に契約を解除できるかどうかは事情によって判断が分かれる領域なので、弁護士に相談してから動くのが安全です。
同じ「借主負担」でも、部位で金額が変わる
ガイドラインの別表2は、借主の負担単位と、経過年数を考慮するかどうかを部位ごとに分けています。ペットに関係するところだけ抜き出すと、こうなります。
- 壁(クロス):㎡単位が望ましいが、借主が毀損した箇所を含む一面分までは張替え費用を借主負担としてもやむをえない。経過年数は6年で残存価値1円となるような負担割合を算定する
- 柱:1本単位。襖、障子等の建具部分と柱は経過年数は考慮しない
- 襖:1枚単位。襖紙・障子紙も経過年数は考慮しない
- 設備機器:補修部分・交換相当費用。耐用年数経過時点で残存価値1円となる直線を想定して負担割合を算定する
つまり、築25年のアパートでペットがクロスを引っかいた場合、クロス側は年数で大きく削られます。ところが同じ部屋の柱と襖は、年数では削られないという書き分けになっています。「築古だから何も請求できない」と思い込んでいると、請求できる部分を自分から落としていることになります。
金額に置き換えると、どのくらいか
単価で見てみます。関東で賃貸の原状回復を扱っている「大家さんの内装屋」の料金表では、スタンダードクロスの張り替えが1㎡あたり…ではなくm単価で1,088円(税抜・インターネット申込)で、古いクロスのめくり代・残材処分代・下地処理代を含む表示です。同社が公開している6帖間の計算例では、天井と壁から窓・襖・ドアの面を引いて33.33㎡、m換算で約37m、1,088円×37m=40,256円(税別)となっています(出典:大家さんの内装屋「クロスの平米計算|6帖の実例つき」「料金表」)。
襖はどうか。同じ料金表では襖の張り替えが1枚2,800円(税抜)ですが、押入れや戸襖は別料金で、ダンボール襖は張り替えができず新調となり1本18,800円と書かれています。「襖1枚だから数千円」と考えていると、6倍以上ずれることがあります。ペットが破ったのがどの襖なのかは、金額に直結します。
なお、この金額は「大家さんの内装屋」の料金表を、インターネットから申し込んだ場合の単価です。一般のオーナーが単発で個別に工事を頼むと、ここから2〜3割ほど上になるのが実際のところです。入居者に請求する金額を組むときは、自分が実際に支払う見積の額で計算してください。

ペット可にしていた部屋では、何を請求できるのでしょうか?
ガイドラインには参考裁判例が収録されています。事例18(東京簡易裁判所判決・平成14年9月27日)は、ペット可の貸室でチワワを飼っていた借主と貸主が争ったものです。契約書には「本契約解約時における①室内のリフォーム、②壁・付属部品等の汚損・破損の修理、クリーニング、取替え、③ペット消毒については、賃借人負担でこれらを行うものとする」という特約が付いていました。
裁判所の判断は、特約を3つに割りました。①室内リフォームのような大規模な修繕費用を何の規定もなく借主負担とする合意は無効。②修理・クリーニング・取替えは、通常の原状回復の定めに過ぎない。③ペット消毒は、臭いの付着や毛の残存、衛生の問題等があるので借主負担とすることは合理的であり、有効な特約。
そのうえで金額はこうなりました。クロスについては「ペット飼育による消毒のためであれば、張替えるまでの必要性は認められない」。クッションフロアはタバコの焦げ跡の補修費3,800円と残材処理費3,000円のみ。クリーニングは「実質的にペット消毒を代替するもの」として費用全額5万円が借主負担。借主の負担は合計5万9,640円で、敷金41万7,000円のうち35万7,360円が返還されています。
ここが実務でいちばん誤解されているところです。ペットを飼っていた=クロス全面張替えを請求できる、ではありません。請求の根拠になるのは、消毒やクリーニングという「においへの手当て」と、実際に付いた傷です。傷んでいない面まで広げようとすると、この事例のように削られます。
においは「居室全体」に広げられるのか
ガイドラインの別表2で、居室全体への拡大を認めている記載はタバコ等のヤニ・臭いの1行だけです。「喫煙等により当該居室全体においてクロス等がヤニで変色したり臭いが付着した場合のみ、居室全体のクリーニングまたは張替費用を賃借人負担とすることが妥当」と書かれており、ペットの臭いはこの例外に名前が入っていません。においの話だからといって、同じ扱いにはならない、という前提で見積を組んだほうが安全です。
いっぽうで、においが効いてくる場所が別表1にもう1つあります。貸主負担の側に並んでいる「エアコンの内部洗浄(喫煙等の臭いなどが付着していない場合)」です。裏を返せば、においが付着している場合は同じ扱いにならない、という書き方になっています。エアコン内部の洗浄費用は、大家さんの内装屋の料金表ではハウスクリーニング一式と一緒に頼んだ場合が1台10,000円(税込11,000円)、エアコンだけを単独で頼む場合が1台15,000円(税込16,500円)です(出典:同社「ハウスクリーニングの作業内容と価格」)。
同じページには、こうも書かれています。「適切な清掃・管理が行われていなかった場合などハウスクリーニングでは落としきれない汚れもあります」「じゅうたんのシミなどはクリーニングで完全に落とすことが出来ないことがございます」。においと汚れは、費用をかければ必ず消えるものではない、というのが現場の書き方です。内見のときのにおいと同じで、出どころを潰さないまま消臭剤に頼っても戻りません。
特約を書くなら、国が例に挙げているのはクロスです
ガイドライン本文は、原状回復条件を契約書に添付して事前に合意しておくことを勧めており、「例外としての特約」の内容として想定される例をひとつだけ名前を挙げています。それが「クロス張替費用(居室内でのペット飼育を認めるため)」です。国の側が、ペットを認めるならクロスは特約で、と書いていることになります。
ただし特約は書けば通るものではありません。ガイドラインは借主に特別の負担を課す特約の要件として、①特約の必要性があり、かつ暴利的でないなどの客観的・合理的理由が存在すること ②借主が通常の原状回復義務を超えた義務を負うことを認識していること ③借主が義務負担の意思表示をしていること——の3つを挙げています。通常損耗と善管注意義務違反の分かれ目で触れた3要件と同じもので、ペットの特約でも同じ関門を通ります。「ペット飼育の場合は原状回復費用を全額負担する」という一行では、事例18の①と同じ扱いになる可能性があります。
金額の根拠として使う単価表は、契約時に添付しておくほうが後が楽です。クロスの張り替え範囲と敷金の精算書の書き方をあわせて整えておくと、退去時に説明する材料が揃います。
なお、ここまでは「すでに飼われていた部屋をどう精算するか」の話です。これからペット可にするかどうかを決める段階なら、募集面の効果とあわせて見ておいてください。埼玉・千葉県西部・栃木県南部の築古アパートでは、ペット可の部屋は競合が少ないぶん決まりやすい一方で、柱と襖という年数で削られない部位が傷みやすい、という組み合わせになります。
今日やることを1つだけ選ぶなら
契約書のペット条項を開いて、「消毒」という言葉が入っているかどうかだけ確認してください。事例18で有効と認められたのはこの部分です。入っていなければ、次の更新か次の募集のときに、単価表とあわせて1行足しておく。それだけで、退去のときに説明できる範囲が変わります。なお、税務・法務の判断が絡む部分は個別の事情で結論が変わりますので、実際に請求する前に専門家へ確認してください。


