退去の連絡が来てから引渡しまでの段取り|築古アパートのオーナーが最初に決める3つの日付
結論からお伝えすると、退去の連絡が入った日にやることは、工事の手配ではありません。3つの日付を確定させることです。①契約が終わる日 ②明渡しの日(鍵が戻る日) ③工事に入れる日。この3つを先に押さえないまま職人の日程を取ると、鍵が揃わずに1日流れます。しかも「1か月前に言えばいい」は法律の数字ではなく、契約書に書いてある数字です。順に見ていきます。

「1か月前」は条文ではなく契約書の数字です
民法617条1項は、期間を定めなかった賃貸借について、各当事者はいつでも解約の申入れができるとし、終了までの期間を種類ごとに定めています。土地は1年、建物は3か月、動産および貸席は1日です。
では期間を2年と決めている契約はどうか。民法618条は「当事者が賃貸借の期間を定めた場合であっても、その一方又は双方がその期間内に解約をする権利を留保したときは、前条の規定を準用する」と定めています。裏を返せば、期間内に解約する権利が契約書に書かれていなければ、中途解約は当然にはできないという構造です。
実際の契約書では、その権利が書かれています。国土交通省の賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版)の第11条は、第1項で「乙は、甲に対して少なくとも30日前に解約の申入れを行うことにより、本契約を解約することができる」とし、第2項で「解約申入れの日から30日分の賃料(本契約の解約後の賃料相当額を含む。)を甲に支払うことにより、解約申入れの日から起算して30日を経過する日までの間、随時に本契約を解約することができる」としています。
《作成にあたっての注意点》には図解も入っており、「9月30日に退去を予定している場合は、解約申入れを8月31日以前に行うこと」「9月10日に解約申入れを行った場合は、申入れを行った日から30日分の賃料、つまり10月9日までの賃料(及び賃料相当額)を支払う」と例示されています。
ここが1つ目の日付です。連絡が来たら、まず解約の申入れがあった日を記録し、契約書の予告期間を当てて契約が終わる日を出す。この日付は、部屋を返した日とは別物です。
明渡しの日は、借主が通知するものと書かれています
標準契約書の第14条はこうなっています。第1項「乙は、本契約が終了する日までに(第10条の規定に基づき本契約が解除された場合にあっては、直ちに)、本物件を明け渡さなければならない」。そして第2項が、実務であまり使われていない一行です。
「乙は、前項の明渡しをするときには、明渡し日を事前に甲に通知しなければならない」。
注意点の解説は、その理由を「本物件の明渡しを行うにあたり、当事者の便宜の観点から、借主はあらかじめ明渡し日を貸主に通知することとしている」と書いています。明渡しの日を聞き出すのはオーナーの仕事ではなく、通知するのは借主の義務として設計されているわけです。
そこで、退去の連絡を受けた返信に、この1行を入れておきます。「契約書第14条第2項に基づき、明渡し日をご連絡ください」。これが2つ目の日付になります。立会いの日程も、鍵の返却も、原状回復の着工も、すべてこの日から数えます。
解約の連絡が来たら、すぐ内見を入れてよいのでしょうか?
入れられません。標準契約書第16条第3項は、こう定めています。「本契約終了後において本物件を賃借しようとする者又は本物件を譲り受けようとする者が下見をするときは、甲及び下見をする者は、あらかじめ乙の承諾を得て、本物件内に立ち入ることができる」。
つまり退去前の内見は、借主の承諾が前提です。空室日数を1日でも縮めたい気持ちは分かりますが、承諾なしに案内を入れると、そこから揉めます。やるべきなのは、解約の連絡が来た時点で承諾をもらう交渉をすることです。「退去日の1週間前から、事前連絡のうえで案内を入れてよいか」を書面で確認しておく。断られたら、明渡し後に回します。
工事の日は、鍵と支払いで決まります
3つ目の日付です。原状回復の工事日は、立会いの翌日に入れられるものではありません。関東で賃貸の原状回復を扱っている「大家さんの内装屋」が公開している流れを見ると、実際の順番はこうなっています(出典:大家さんの内装屋「見積りのお申込から工事依頼までの流れ」)。
- 申込 → 日程調整の連絡。鍵をキーボックス等で現地に設置してあれば、基本的に一両日中に見積もりに伺える
- 現地で職人が採寸。見積もりは原則、朝あるいは夕方から夜にかけて行う
- 見積書をメールで受領。見積書の有効期限は30日
- 工事の発注。職人のスケジュールを確認して工事日が決まる
- 工事代金は工事日の2日前までに支払い
- 施工完了の連絡。必ず近日中に現地を確認する
この列を逆から読むと、工事日を決めるには支払いが2日前までに済んでいる必要があり、その前に発注、その前に見積、その前に採寸、そして採寸には鍵が現地にあることが要る、という順番になります。鍵が現地で扱えるかどうかが空室日数に効いてくるのは、内見の場面だけではありません。
複数社に出すなら、この段でまとめて出します。相見積もりは金額より先に条件を渡すと、比較の手戻りがなくなります。届いた見積は「一式」の行から見るのが早いです。
原状回復の内容は「協議する」と書かれています
標準契約書第15条第2項は、「甲及び乙は、本物件の明渡し時において、契約時に特約を定めた場合は当該特約を含め、別表第5の規定に基づき乙が行う原状回復の内容及び方法について協議するものとする」としています。オーナーが決めて通知するものではなく、明渡し時に協議する建て付けです。
だからこそ、立会いの場が段取りの山場になります。ここで写真を撮る場所を外すと、あとで負担の話に入れません。工事の前後の写真も、この日から先の話です。
敷金は、明渡しが終われば動きます。第6条第3項は「甲は、本物件の明渡しがあったときは、遅滞なく、敷金の全額を乙に返還しなければならない」とし、債務の不履行があるときは差し引いた額を返すとしています。そして第4項が「甲は、敷金から差し引く債務の額の内訳を乙に明示しなければならない」。内訳を出すのは義務です。精算書の書き方を先に決めておくと、この段で止まりません。

3つの日付を1枚に書く
埼玉・千葉県西部・栃木県南部の築古アパートで、退去から次の入居までが2か月を超えてしまう物件は、たいてい工事が遅いのではなく日付が決まらない期間が長いだけです。空室日数を区間で記録すると、どこで溶けているかが見えます。
紙1枚に、次の順番で書いておいてください。①解約申入れの日と契約終了日 ②借主から通知された明渡し日 ③立会いの日 ④採寸の日 ⑤工事日 ⑥募集開始日。①と②が入った時点で、③から⑥は逆算で置けます。
今日やることを1つだけ選ぶなら
退去の連絡に返す文面を、いま作っておいてください。入れるのは3つだけです。明渡し日の通知をお願いする一文、鍵の返却方法と本数の確認、退去前の内見の可否の確認。次に電話が鳴ったとき、この3つを1往復で聞けるかどうかで、空室が1週間変わります。なお、解約の効力や予告期間の扱いは契約書の条項によって変わりますので、判断に迷う条項があれば弁護士へ確認してください。

