入居者が亡くなっても賃貸借契約は終わりません|築古アパートのオーナーが相続人の有無で分ける2つの道

入居者の勤務先から「先週から出社していない」と電話が入り、翌日に警察から連絡が来る。築古アパートを持っていると、何年かに一度こういう日が来ます。鍵を開けて部屋に入ったあと、多くのオーナーが最初に口にするのは「この契約、どうやって終わらせればいいのか」です。

結論からお伝えすると、入居者が亡くなっても、賃貸借契約は自動では終わりません。借りる権利と義務はそのまま次の人へ移ります。移る先は2つに分かれ、相続人がいれば民法896条で相続人へ、相続人がいないときだけ借地借家法36条で同居者へ移ります。どちらの道にも「オーナーが部屋を片付けて次の募集を始める」という手順は入っていません。まずここを取り違えないことが、あとの費用を大きく変えます。

入居者が亡くなったときに確かめる6点をまとめた図。契約は自動では終わらず、相続人がいれば民法896条で相続人へ、いなければ借地借家法36条で同居者へ権利義務が移ることを示している。

亡くなった時点で、契約は誰のものになるのか

民法896条は「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」と定めています。ただし書で外れるのは「被相続人の一身に専属したもの」だけです。部屋を借りる権利は、その人でなければ意味がないという性質のものではないため、ここから外れません。

つまり、亡くなった瞬間に借主が空席になるのではなく、相続人が新しい借主になります。実務でいちばん効いてくるのは、承継されるのが権利だけではないという点です。滞納していた家賃を払う義務も、退去のときに敷金を返してもらう権利も、同じように相続人へ移ります。

ですから、連絡先を探す相手は「部屋にいた人の知り合い」ではなく相続人です。緊急連絡先の欄に書かれているのが友人や勤務先だけだと、契約の相手が誰なのか分からないまま日数だけが過ぎます。

相続人がいないとき、部屋に残った同居者はどうなるのか

ここで効くのが借地借家法36条です。条文の見出しは「居住用建物の賃貸借の承継」で、賃借権の承継ではありません。細かい違いに見えますが、承継されるのが権利だけではなく契約の地位そのものだという読み方につながります。

36条1項が定めている要件は、次の4つがそろったときです。

  1. 居住の用に供する建物であること(事務所や店舗は入りません)
  2. 建物の賃借人が相続人なしに死亡したこと
  3. 婚姻または縁組の届出をしていないこと
  4. 賃借人と事実上夫婦または養親子と同様の関係にあった同居者がいること

この4つがそろうと、その同居者が建物の賃借人の権利義務を承継します。届出をしていない相手を、法律の側から借主として扱う仕組みです。

読み落としやすいのは、2番目の要件です。36条は「相続人なしに死亡した場合」にしか働きません。相続人が1人でもいれば、たとえ何十年一緒に暮らしていた同居者がいても、契約は896条で相続人のほうへ移ります。この場合に同居者が住み続けられるかどうかは条文が答えを書いていない領域なので、争いになる前に弁護士へ相談する場面です。

承継したくない同居者は、断ることができるのか

できます。36条1項にはただし書があり、「相続人なしに死亡したことを知った後一月以内に建物の賃貸人に反対の意思を表示したとき」は承継しないと定めています。起算点が死亡の日ではなく「相続人なしに死亡したことを知った後」である点と、意思表示の相手がオーナーである点が実務のポイントです。

断る理由があるのは、36条2項があるからです。2項は「建物の賃貸借関係に基づき生じた債権又は債務は、同項の規定により建物の賃借人の権利義務を承継した者に帰属する」と定めています。承継すると、滞納していた家賃の支払義務まで一緒に引き受けることになります。1か月という期間は、そこを考えるために置かれた時間だと読めます。

この承継を、契約書の特約で外せるのか

条文の並びだけを見ると、外す余地はありそうに読めます。借地借家法37条は強行規定を定めた条文ですが、そこに挙がっているのは31条・34条・35条の3つだけで、36条は入っていません。不利な特約を無効とする対象から、36条は名指しされていないということです。

ただし、条文に書かれていないことと、特約が有効だと決まっていることは同じではありません。36条の趣旨をどこまで特約で動かせるかは考え方が分かれる領域です。契約書にこの種の条項を入れるかどうかは、必ず弁護士に確認してください。ここでお伝えしたいのは、37条の列挙に36条が入っていないという条文上の事実だけです。

相続人が全員放棄したときに部屋が動かせるまでの流れを6段で示した図。戸籍で相続人をたどり、家庭裁判所へ相続財産の清算人の選任を申し立て、公告の期間が六箇月を下れないことまでを順に並べている。

相続人が全員放棄したら、部屋はいつ動かせるのか

相続人がいても、全員が放棄することがあります。滞納や借入があった場合はむしろ多い展開です。このとき部屋がすぐ空くわけではありません。

民法940条1項は、放棄した人が放棄の時に相続財産を現に占有しているときは、相続人または相続財産の清算人に引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって保存しなければならないと定めています。逆にいえば、部屋の物を現に占有していない相続人には、この保存義務も生じません。

引き継ぐ相手がいなければ、民法952条1項の相続財産の清算人を家庭裁判所に選任してもらうことになります。ここで時間が読めなくなります。952条2項は、選任したときの公告について「その期間は、六箇月を下ることができない」と定めています。半年以上動かない前提で資金繰りを組む必要がある、ということです。

なお、部屋に残された家財そのものをどう扱うかは、契約の承継とは別の論点になります。手をつけてよい場面と、そうでない場面の線引きは入居者が亡くなったと連絡が来たら|大家が残置物に手をつけてはいけない理由にまとめてあります。退去のあとに残された物の負担区分は退去後の残置物はオーナーが捨てていいのか|築古アパートの処分と原状回復の負担区分で扱っています。

この出来事は、どのくらいの頻度で起きるのか

厚生労働省が2026年9月8日に公表した人口動態統計月報(概数)の令和8年4月分によると、同月の死亡数は12万731人でした。前年同月と比べると7,638人の減少で、率にすると6.0パーセントの減少です。1月から4月までの累計は53万2,197人で、こちらは前年同期比9.1パーセントの減少となっています(出典:厚生労働省「人口動態統計月報(概数)令和8(2026)年4月分」2026年9月8日公表)。

数字が減っていること自体は良い知らせですが、月に12万人という規模は変わりません。亡くなった方お一人おひとりに事情があり、統計として扱うべき話でもありません。ここで確認しておきたいのは、これがどのオーナーにも起こりうる出来事であって、起きてから調べ始めると半年が過ぎてしまう類のものだ、という一点だけです。

埼玉県や千葉県西部、栃木県南部の築古アパートは、長く住んでいる方の割合が高い物件が少なくありません。高齢の入居者が増えたときの備えは高齢の入居者が増えた築古アパートの備え|オーナーが整える緊急連絡先と見守りに、相続でアパートが共有になった場合の意思決定は相続した築古アパートを短期間で立て直す進め方|オーナーが最初の3か月でやることにまとめています。

今日やることを1つだけ選ぶなら

契約書の緊急連絡先の欄を開いて、そこに書かれている人が相続人かどうかを確かめてください。友人や勤務先の名前しか入っていない契約が見つかったら、次の更新のときに「続柄」の記入欄を足す。それだけで、いざというときに契約の相手を探す日数が変わります。

なお、相続や税務の個別の判断は、事案ごとに結論が変わります。実際に起きたときは、司法書士・弁護士・税理士など、その分野の専門家に必ず確認してください。この記事でお伝えしたのは、動く前に知っておくと迷いが減る条文の位置です。

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