入居者どうしのトラブルにどこまで入るか|築古アパートのオーナーが「当事者で話してください」と言えない理由

結論からお伝えすると、入居者どうしには、契約関係がありません。両方と契約しているのはオーナーだけです。だから「当事者同士で話し合ってください」は、気持ちの問題ではなく制度として成り立たない返し方になります。ただし、オーナーが動く義務が生まれるのは「建物が居住に適していない状態にまで至っている」ときで、その線は受忍限度です。放置すると、被害を受けた側から解除と引越代を請求される側に回ります。

202号室から電話が入ります。「上の階が毎晩1時ごろまで音を立てている。3週間続いている。もう限界です」。302号室に電話をすると「うちは何もしていない」。1週間後、202号室から2度目の電話。「大家さんは何もしてくれないんですね」。—— この2本目の電話が来た時点で、話の相手はもう302号室ではなくオーナーになっています。

入居者どうしのトラブルにどこまで入るかの図。入居者どうしに契約はない、義務の根拠は民法601条、線は受忍限度、放置した側が請求される、記録がないと何も測れない。

入居者どうしには、契約上の権利義務がありません

国土交通省の「民間賃貸住宅に関する相談対応事例集(再改訂版)」は、隣室の騒音で慰謝料を請求できるかという相談への解説で、はっきり書いています。

賃貸借契約は、貸主と借主との間の契約であり、借主(入居者)相互間にはなんら契約上の権利義務関係も成立していませんから、隣人の迷惑行為について賃貸借契約に基づく請求をすることはできません。

入居者Aと入居者Bの間にあるのは、契約ではなく相隣関係です。同事例集は続けて、迷惑行為が受忍限度を超えた場合には、精神的苦痛について民法709条・710条の慰謝料請求権が発生するとしています。ただし請求する側が「受忍限度を超えたこと」を主張・立証しなければなりません。

ここから見えることが一つあります。入居者どうしで解決させようとすると、被害を受けた側に立証の負担が全部乗ります。そして両方と契約しているオーナーだけが、契約という別の道具を持っています。

オーナーの義務は、どこから生まれるのか

根拠は民法601条です。賃貸借は「当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し」という契約です。同事例集の解説は、ここから義務を引いています。

貸主は、借主に対して建物を使用・収益させる義務を負っているため(民法601条)、その建物を使用・収益に適した状態(居住に適した状態)に維持すべき義務があります。
したがって、貸主は、ある借主の迷惑行為により、その建物が居住に適していない状態にまで至っている場合には、当該借主に迷惑行為をやめさせる必要があると考えられます。

逆に読むと、「居住に適していない状態」に至っていなければ、やめさせる義務までは生じません。ここが「どこまで入るか」の線です。生活音のすべてに介入する義務はない。けれど、その線を超えたら義務になる。

「居住に適していない状態」の線はどこですか?

同事例集は、上階の走り回る音を理由に借主が契約を解除できるかという相談に、こう答えています。

「居住に適していない状態」にまで至ったといえるのは、社会生活上通常受忍すべき限度を超える場合のみです。受忍限度を超えたかどうかは、被害の程度や頻度、生活上必要やむを得ないことか、将来的に加害者・被害者の立場が入れ替わる可能性はありうるか等、様々な事情を総合的に考慮して判断されることになります。

数値の基準はありません。ここで実務的に効くのは、「頻度」と「時間帯」を記録として持っているかどうかです。「うるさい」は判断材料になりませんが、「7月14日から8月4日までの22日間のうち19日、午前0時から1時台に、床を歩く音と物を落とす音」は材料になります。音そのものへの対応の順番は楽器と在宅ワークをどこまで認めるかに、建物側の遮音の話は民間賃貸の断熱と遮音にまとめています。

放置すると、オーナーが請求される側に回ります

ここが今日いちばんお伝えしたいところです。同事例集は、大家に苦情を伝えても改善がないという相談に、こう答えています。

貸主がこの義務の履行を怠っていることを理由に、借主が契約を解除(民法541条)することは、不可能ではなく、それによって被った損害(引越代等)を賠償請求(同法415条)できる可能性はないとはいえません。

加えて、Aの迷惑行為でBが損害を被った場合、BはAだけでなく貸主に対しても損害賠償請求(民法415条)ができるとされています。

つまり、動かないという選択には値段がついています。1室の空室と、原状回復と、次の募集にかかる期間。それに引越代の賠償が乗る可能性。「面倒だから当事者同士で」は、面倒を先送りしているのではなく、請求先を自分に付け替えているのに近い。

迷惑行為をしている側を、退去させられるのか

できる場合があります。ただし段があります。

賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版)の別表第1は、8条3項の禁止行為で、その第四号が「大音量でテレビ、ステレオ等の操作、ピアノ等の演奏を行うこと」です。これに違反した場合の解除は10条2項で、①相当の期間を定めた催告 ②その期間内に履行されず「本契約を継続することが困難であると認められるに至った」ことの両方が要ります。

ところが、同じ別表第1に、催告なしで解除できる項目があります。10条4項が指定しているのは第六号から第八号で、そのうち第七号がこれです。

七 本物件又は本物件の周辺において、著しく粗野若しくは乱暴な言動を行い、又は威勢を示すことにより、付近の住民又は通行人に不安を覚えさせること。

第六号と第八号は反社会的勢力そのものの話ですが、第七号は「行為」で書かれています。近隣を怒鳴りつける、威圧して不安を覚えさせる——これは、標準契約書の設計上、催告なしで解除できる枠に入っています。騒音とは別の枠だ、ということです。

もっとも、無催告解除が裁判で認められるかは別問題です。国交省の《作成にあたっての注意点》は、判例が無催告解除を認めるのは「賃借人の義務違反の程度が甚だしく、賃貸借契約の継続を著しく困難にするような背信行為があった場合」だとして、最判昭和47年2月18日(民集26巻1号63頁)と最判昭和49年4月26日(民集28巻3号467頁)を挙げています(信頼関係破壊の法理)。条項があることと、勝てることは違います。

迷惑行為禁止の特約は有効ですか?

同事例集は、抽象的な「他人に迷惑を及ぼす行為をしないこと」も、「ペットの飼育を禁止する」「楽器演奏不可」のような具体的なものも、公序良俗(民法90条)に反しない限り、原則として有効としています。そのうえで、違反が軽微な場合などには、違反した事実だけでなく「貸主から借主に対して従前から申入れをしているか」「近隣へも悪影響を及ぼしているか」といった周辺事情も考慮されて判断される可能性があるとしています。

ここも記録の話に戻ります。「従前から申入れをしている」という事実は、書面と日付でしか残りません。

オーナーが判断する順番の図。1 契約しているのは自分だけと確認する、2 日付と回数で事実を書き取る、3 居住に適していない状態か測る、4 契約書のどの行に当たるか決める、5 全戸文書から順に書面を残す。

オーナーが判断する順番

対応そのものではなく、「どこまで入るか」を決める順番です。

  1. 両方と契約しているのは自分だ、と確認する。入居者どうしに契約はありません。仲裁者ではなく、当事者の一方として関わることになります。
  2. 事実を、日付と回数で書き取る。「うるさい」ではなく、日付・時刻・継続時間・回数・具体的な音や行為。相談を受けた日も記録します。ここが受忍限度の判断材料になります。
  3. 「居住に適していない状態」に近いかを測る。被害の程度と頻度、生活上やむを得ないものか、立場が入れ替わりうるか。近くないなら、義務としては動かなくてよい範囲です。近いなら義務です。
  4. 契約書のどの行に当たるかを決める。別表第1第四号(大音量)なのか、第七号(威圧的な言動)なのか、それとも契約書に条項がないのか。ここで催告が要る枠か、要らない枠かが分かれます。
  5. 書面の順番を守る。名指しをしない全戸文書 → 相手を特定した個別の申入書 → 催告書 → 解除。段を飛ばすと、あとで「従前から申入れをしていたか」を問われたときに答えられなくなります。

高齢の入居者が増えた物件では、迷惑行為に見えるものの背景が体調や認知の変化であることもあります(高齢の入居者が増えた築古アパートの備え)。人数や生活時間帯の違いから来る摩擦は、入居前の条件の決め方で減らせる部分があります(二人入居とルームシェアを認めるか)。

入居者から「隣に注意して」と言われたら、断れるのですか

断れる場面と、断れない場面があります。受忍限度に届いていない生活音なら、法律上の義務としては動かなくてよい範囲です。ただし、そのときに何もしないのと、「事実を記録しておいてください、こういう基準で判断します」と伝えるのとでは、次に起きることが変わります。

実務的にすすめられるのは、受けた相談を全部台帳に書くことです。1件目の電話では動かないと決めても、3件目が同じ部屋についてなら、そのときには頻度という材料が手元にあります。「動かない」と「記録しない」は別のことです。

今日やることを1つだけ選ぶなら

手元の賃貸借契約書を開いて、別表第1に第七号(著しく粗野若しくは乱暴な言動)が入っているかどうかを確かめてください。古い書式や自社様式だと、反社条項ごと入っていないことがあります。入っていなければ、次の更新で入れる。ここは催告なしで解除できる枠なので、あるかないかで打てる手が変わります。

そのうえで、いま抱えている相談があるなら、受けた日付と、相手が言った言葉をそのまま1行で書き残してください。受忍限度も、従前からの申入れも、あとから作れません。

なお、解除や明渡しの可否は、事情によって結論が大きく変わります。実際に踏み切る前に、弁護士にご相談ください。

出典

  • 民法90条・415条・541条・601条・616条・594条1項・709条・710条(e-Gov 法令検索・2026年8月26日時点)
  • 国土交通省「民間賃貸住宅に関する相談対応事例集(再改訂版)」令和4年3月(③隣人とのトラブル Q1、Q1-2、Q1-3、迷惑行為禁止特約の項)
  • 国土交通省「賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版・連帯保証人型)」8条・10条・別表第1
  • 国土交通省「賃貸住宅標準契約書 作成にあたっての注意点」(第10条関係。最判昭和47年2月18日民集26巻1号63頁、最判昭和49年4月26日民集28巻3号467頁)

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