家賃の振込手数料は入居者が払うのが原則です|築古アパートのオーナーが受取方法を決める前に読む民法5か条
受取口座を別の銀行に変えた翌月、入居者から連絡が入ることがあります。「振込手数料が上がったのですが、これは私が払うのですか」。契約書を開いても、家賃の額と支払期日は書いてあるのに、手数料を誰が持つかは1行もない。よくある形です。
結論からお伝えすると、家賃の振込手数料は、契約書に何も書いていなければ入居者の負担です(民法485条本文)。ただし同じ条文のただし書に、大家の側の行為で費用が増えたときは、その増えた分は大家が負担すると書かれています。受取方法を決める前に、民法が用意している既定値を先に知っておくと、この種のやりとりで迷わなくなります。

家賃は入居者が届けるもの。大家が取りに行く義務はない
民法484条1項は、弁済の場所についてこう定めています(e-Gov法令検索・2026年9月1日時点)。
弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは、特定物の引渡しは債権発生の時にその物が存在した場所において、その他の弁済は債権者の現在の住所において、それぞれしなければならない。
家賃はお金の支払いなので「その他の弁済」に入ります。つまり債権者である大家の現在の住所に届けるのが原則です。法律の言葉では持参債務と呼ばれます。
ここから2つのことが出てきます。ひとつは、大家に集金に行く義務はないこと。昭和築のアパートを相続した方から「前の所有者は毎月集金に回っていたと聞いた」という話は出ますが、それは慣習としてそうしていたという話で、法律が求めていたわけではありません。もうひとつは、持参する形が変われば費用の話も動くことです。
振込手数料は誰が払うのか
民法485条は次のとおりです。
弁済の費用について別段の意思表示がないときは、その費用は、債務者の負担とする。ただし、債権者が住所の移転その他の行為によって弁済の費用を増加させたときは、その増加額は、債権者の負担とする。
債務者は家賃を払う側、つまり入居者です。振込手数料は、特約がなければ入居者の負担という結論はここから出ます。契約書に「振込手数料は借主の負担とする」と書いてある物件が多いのは、この既定値を確認的に書いているだけで、書かなければ大家が持つという意味ではありません。
大家が口座を変えたときはどうなるのか
問題はただし書のほうです。「債権者が住所の移転その他の行為によって弁済の費用を増加させたとき」は、増加額が債権者(大家)の負担になります。
受取口座を変えることは、この「その他の行為」に当たると読むのが自然です。入居者が同じ銀行の同一支店内で手数料ゼロだったところに、別の銀行の口座を指定すれば、そのぶん手数料が増えます。増えた分だけが大家の負担で、もともと入居者が負担していた分は入居者のままです。全額が大家に移るわけではありません。
実務でどう処理するかは、金額の小ささもあって扱いが分かれます。ただ「口座を変えたのはこちらの都合なので、上がった分はこちらで持ちます」と言える根拠が条文にあることを知っているかどうかで、伝え方が変わります。管理会社を通している場合の口座変更の手順は、家賃はどこに入るのか|入金口座の変更手続きにまとめられています。
なお、これは民法の一般的な読み方の整理です。個別の契約の解釈や、増加額をどう算定するかについては、弁護士や司法書士へ確認しながら進めてください。
現金で受け取るなら、領収書を断ることはできない
現金集金を続けている物件では、ここが効きます。民法486条です。
1 弁済をする者は、弁済と引換えに、弁済を受領する者に対して受取証書の交付を請求することができる。
2 弁済をする者は、前項の受取証書の交付に代えて、その内容を記録した電磁的記録の提供を請求することができる。ただし、弁済を受領する者に不相当な負担を課するものであるときは、この限りでない。
受取証書というのが領収書です。入居者が求めれば、弁済と引換えに渡す必要があります。「あとで郵送します」ではなく、引換えです。現金で受け取るなら、複写式の領収書を持って行くところまでが1セットになります。
2項は2020年4月1日施行の改正で入ったもので、紙の代わりに電子データでの提供も請求できます。ただしただし書があり、受領する側に不相当な負担を課すなら断れます。高齢の大家が現金で受け取っていて、PDFを作って送る仕組みを持っていない場合は、この「不相当な負担」に当たる余地があります。断れる場合があるという条文の作りになっている点は、押さえておくと安心です。
家賃の領収書に収入印紙が必要かどうかは、印紙税の話として別に整理する必要があります。個人の大家か法人かで扱いが変わるため、税務署か税理士に確認してください。
口座を伝えていない月の「滞納」は、大家の側の問題になり得る
これが実務でいちばん危ないところです。民法492条と493条を並べます。
第492条 債務者は、弁済の提供の時から、債務を履行しないことによって生ずべき責任を免れる。
第493条 弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない。ただし、債権者があらかじめその受領を拒み、又は債務の履行について債権者の行為を要するときは、弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすれば足りる。
振込で受け取る形は、大家が口座を伝えるという行為がないと入居者は払えません。493条ただし書の「債務の履行について債権者の行為を要するとき」に当たると読める場面です。この場合、入居者は現実に振り込まなくても、払う用意ができたことを伝えて受け取るよう催告すれば足り、492条によって遅れの責任を免れます。
相続で大家が変わったとき、管理会社を切り替えたとき、口座を変えたのに通知が届いていなかったとき。「入金がない月」がそのまま滞納になるとは限りません。督促の前に、口座をいつ・どの方法で伝えたかを確認するのが順番です。滞納の初動の組み立ては家賃滞納の対応は最初の1週間で決まるにまとめています。
前の管理会社の口座に振り込まれてしまったら
管理会社を変えた直後に起きるのがこれです。民法478条が関係します。
受領権者以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有するものに対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。
入居者が新しい口座の通知を受け取っていないまま、前の管理会社の口座に振り込んだ場合。その管理会社は先月まで受領権限を持っていた相手なので、外観の要件は満たしやすく、入居者に落ち度がなければその振込は有効な弁済になり得ます。つまり入居者は「払った」ことになり、大家は前の管理会社に対してお金を返してもらう話になります。
だからこそ、切り替えの月は「通知した日」と「通知の方法」を残しておく価値があります。引き継ぎで抜けやすい項目は管理会社を変更するときの引き継ぎ書類で一覧にしています。

3つの受取方法を、条文の側から並べる
- 現金:領収書を引換えで渡す義務が発生する(486条1項)。回収の手間は大家が持つ。入金の記録は領収書の控えだけになりやすい
- 振込:手数料は原則入居者負担(485条本文)。口座を伝える行為が大家に必要(493条ただし書)。誰がいつ払ったかが通帳に残る
- 口座振替:入居者が金融機関と手続きを済ませれば、払い忘れが減る。ただし残高不足で振替不能になったとき、それは入居者の側の不履行であって、大家が受け取れなかった月であることは変わらない
入金の形は、収支の見え方にもそのまま出ます。手元にお金が残らない理由をたどる話は満室なのにお金が残らない築古アパートにまとめています。
今日できること
契約書を1通開いて、「振込手数料」という言葉があるかどうかだけ見てください。なければ、それは民法485条の既定値で動いている契約です。次の更新のときに1行足すかどうかを決めればよく、今すぐ入居者に何かを求める話ではありません。
口座を変える予定があるなら、通知の文面に「手数料が上がる場合は上がった分を当方で調整します」と一言入れておくだけで、翌月の問い合わせが減ります。条文の解釈や個別の契約の扱いは、弁護士・税理士へ確認しながら進めてください。


