擁壁は、直さなくても所有者に条文が1つ効いています|築古アパートのオーナーが読む盛土規制法22条
結論からお伝えすると、擁壁は、直さなくても所有者に条文が1つ効いています。盛土規制法22条1項が、規制区域内の土地の所有者・管理者・占有者に「その土地を常時安全な状態に維持するように努めなければならない」と定めているからです。しかもこの条文のかっこ書きは、規制区域の指定より前に行われた盛土や切土も含むと明記しています。50年前に前の持ち主が積んだ擁壁でも、今の所有者に効きます。
埼玉県は2026年9月23日現在、県内全域をこの法律の規制区域に指定しています。県(政令市・中核市を除く区域)の指定日は2025年7月1日、公表は2025年3月28日。さいたま市は先行して2025年5月26日に市全域を宅地造成等工事規制区域に指定しました。区域の外にいる築古アパートは、埼玉県内にはもうありません。

まず「崖」の定義から入れ替わっています
法律の名前は2023年5月26日に宅地造成等規制法から宅地造成及び特定盛土等規制法(盛土規制法)へ変わりました。用語の定義は施行令1条にあります。
- 崖…地表面が水平面に対し30度を超える角度をなす土地で、硬岩盤(風化の著しいものを除く)以外のもの(令1条1項)
- 擁壁の高さ…擁壁の前面の上端と下端(前面の下部が地盤面と接する部分)との垂直距離(令1条4項)
この「高さ」の測り方が、現場の感覚とずれます。土に埋まっている根入れ部分は入らず、見えている面の上下だけで測ります。「1.8メートルくらいだろう」と思っていた擁壁が、測ると2メートルを超えていることがあります。
2段になっている擁壁は、1つとして数えることがあります
令1条3項が、実務者でもよく知らない規定です。小段などで上下に分離された崖がある場合、下層の崖面の下端を含み、水平面に対し30度の角度をなす面の上方に上層の崖面の下端があるときは、その上下の崖は一体のものとみなすとされています。
1メートルの擁壁が2段、あいだに1メートルの平場を挟んで積んである。別々に見れば小さい擁壁ですが、下の擁壁の足元から30度で線を引いて、その線より上に上の擁壁の足元があれば、合わせて1つの崖です。古い分譲地の斜面に建つ築古アパートには、この形がよくあります。
規制区域の中で許可が要るのは、この5つです
施行令3条が、許可の対象になる土地の形質の変更を並べています。
- 盛土で、高さ1メートルを超える崖ができるもの
- 切土で、高さ2メートルを超える崖ができるもの
- 盛土と切土を同時にして、高さ2メートルを超える崖ができるもの
- 1号・3号に当たらない盛土で、高さが2メートルを超えるもの
- いずれにも当たらない盛土・切土で、土地の面積が500平方メートルを超えるもの
駐車場を平らにする、庭の一部を削る。アパートの敷地でやりがちな工事が、数字の上では引っかかります。許可は法12条1項で、工事に着手する前に都道府県知事(政令市・中核市はその市長)から受けます。

直すより先に「壊す」ほうに届出があります
ここは見落とされます。法21条3項と施行令26条1項です。
規制区域内の土地で、高さが2メートルを超える擁壁または崖面崩壊防止施設、地表水などを排除するための排水施設、地滑り抑止ぐいなどの全部または一部の除却の工事を行おうとする者は、その工事に着手する日の14日前までに都道府県知事に届け出なければなりません。
古い擁壁を壊して作り直すとき、作るほうは許可の話として業者が気にします。壊すほうの届出は、工事主である大家の義務です。14日前という期限があるので、着工日から逆算しないと間に合いません。排水施設の撤去も同じ扱いです。
勧告と改善命令は、工事をしていなくても来ます
冒頭の22条1項に続いて、22条2項は、知事が災害防止のため必要と認める場合に、土地の所有者・管理者・占有者・工事主・工事施行者に対して、擁壁等の設置または改造その他必要な措置をとるよう勧告できると定めています。
さらに23条1項が改善命令です。災害防止のため必要な擁壁等が設置されていないか極めて不完全で、放置すると災害発生のおそれが大きいと認められる場合、知事は相当の猶予期限を付けて、擁壁等の設置・改造、地形や盛土の改良、土石の除却の工事を命ずることができます。
命令の相手は「土地又は擁壁等の所有者、管理者又は占有者」です。自分が積んだのでなくても、今その土地を持っている人に来ます。23条2項に、原因をつくった第三者に工事を行わせる道もありますが、その行為者が明らかで、かつ土地所有者等に異議がないことが条件です。
今の擁壁を、自分で見るときの5点
判定は建築士や自治体の仕事ですが、渡す前の記録は自分で取れます。アパートのブロック塀は今のうちに点検すると同じ考え方です。
- 水抜き穴があるか、詰まっていないか。土が流れ出た跡はないか
- ふくらみ・傾き。上端に糸を張るか、水平器を当てると分かります
- ひび割れの向きと長さ。写真は日付が分かる形で残す
- 上に増積みされていないか。もとの擁壁の上にブロックが数段載っている形は、造ったときの計算に入っていません
- 擁壁の上や下に、あとから物を置いていないか。物置や土の盛り足しは荷重が変わります
敷地の境に立っているものは、所有の関係から先に確かめてください。境界線の上に立つ塀は、隣と共有のものと推定されますで書いたとおり、隣地との共有だと単独では動かせません。
都合の悪いことも書いておきます
規制区域に指定されたからといって、行政が既存の擁壁を調べて回ってくれるわけではありません。22条1項は努力義務で、罰則もありません。動くのは、大雨で崩れたあと、あるいは近隣から通報があったときです。その時点で23条の改善命令が来ると、費用も工期も自分では選べません。
また、擁壁のやり直しは外構工事の中でも金額が大きく、条件で何倍も動きます。高さ・長さ・形式(練積み造か鉄筋コンクリート造か)・重機が入るか・上に建物が載っているかで別物になるため、ここでは相場を示しません。複数社に同じ図面と写真を渡して見積もりを取ってください。
今日やることを1つだけ選ぶなら
敷地に擁壁があるなら、前面の上端と下端の垂直距離をメジャーで測って、2メートルを超えるかどうかだけ確かめてください。超えていれば、いつか壊すときに14日前の届出が要る擁壁です。そのうえで、水抜き穴とふくらみを写真に撮って日付ごと残す。アパートの修繕履歴は重要事項説明に出てきませんで書いた束に、この1枚を足しておいてください。
なお、自分の擁壁が現行の基準に適合しているかどうかの判定は、建築士・自治体の担当課・保険会社へ渡してください。ここでは条文と測り方だけをお伝えしています。


