入居のしおりは、渡しただけでは契約の内容になりません|築古アパートのオーナーが契約書に足す1行

入居のたびに同じ電話が来る。ごみの分別、駐輪場の位置、給湯器のリセットボタン、共用廊下に置いていいもの。3回同じ説明をしたところで、A4で2枚の「入居のしおり」を作った。鍵と一緒に渡している。ところが退去の精算で「しおりに書いてあります」と言ったとき、返ってきたのは「あの紙、契約書じゃないですよね」だった。

結論からお伝えすると、しおりは渡しただけでは契約の内容になりません。契約の内容にするには、契約書の側に「本しおりを契約の内容とする」という1行を入れて署名をもらう——これがいちばん確実な方法です。民法の約款の規定に乗せようとすると、そもそも入口の条件でつまずきます。

入居のしおりを契約に効かせる4点を並べた図。契約書に1行を入れる、しおりに作成年月を入れる、お金は契約書の側に置く、直したら周知の日を決める。

約款のルールに乗せるには、2つの入口があります

民法第548条の2第1項は、定型約款の個別の条項についても合意をしたものとみなす場合を、2つだけ挙げています。

  1. 第1号——定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき
  2. 第2号——定型約款を準備した者が、あらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき

どちらも「契約の内容とする」と言っている点が共通です。渡した、読んでもらった、説明した——条文はそれを条件にしていません。紙を手に持たせることと、契約の内容にすることは別の作業です。

そして、そもそもこの条文が使えるかどうかの入口があります。同項のかっこ書きが定める定型取引の定義です。

「ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう」

条件は2つで、不特定多数を相手にしていることと、画一的であることが双方にとって合理的なことです。賃貸借は、入居者ごとに審査をし、条件を個別に決め、人数や使い方を相手によって変える取引です。この定義に当てはまるかどうかは、そのまま読むと簡単ではありません。

当てはまらないと、何が困るのですか?

困りません。むしろ、やることが1つに決まります。定型約款の規定が使えないなら、しおりを契約の内容にする方法は契約書への組み入れしかなくなります。逆に、定型取引に当たると考えたとしても、第548条の2第1項の1号か2号が要るので、やはり組み入れか事前表示が必要です。

どちらの道を通っても、結論は同じところに出ます。渡すだけでは足りない、契約書に1行足す。

あとから変えられる条項と、変えられない条項

しおりは毎年のように直したくなります。ごみの分別が変わる、宅配ボックスが付く、駐輪場の場所が変わる。ここで、定型約款に当たると考えた場合の変更のルールが第548条の4です。

  • 第1項第1号——変更が相手方の一般の利益に適合するとき
  • 第1項第2号——変更が契約をした目的に反せず、必要性・相当性・変更がある旨の定めの有無などに照らして合理的なとき
  • 第2項——変更するときは効力発生時期を定め、変更する旨・変更後の内容・効力発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければならない
  • 第3項——第2号による変更は、効力発生時期が到来するまでに周知をしなければ効力を生じない

第3項がいちばん重い規定です。周知が間に合わなければ、変更そのものが効きません。掲示板に貼った日が効力発生日より後になっていたら、その改訂は無かったことになります。ごみの分別が変わる日のように期日が先に決まっているものは、貼る日から逆算します。

そして、賃貸借が定型取引に当たらないと考える場合は、この一方的な変更の仕組みがそもそも使えません。しおりを直しても、すでに入居している人の契約内容は変わらない、という整理になります。新規の入居者から順に適用していく形が無難です。

しおりに書いても効かないものがあります

組み入れができていても、書けば何でも通るわけではありません。

民法第621条は、原状回復の対象を「賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷」とし、かっこ書きで通常の使用及び収益によって生じた損耗と経年変化を除いています。しおりに「退去時は畳とクロスを全面交換」と書いても、経年変化の部分まで請求できることにはなりません。

民法第548条の2第2項も、相手方の権利を制限し義務を加重する条項のうち、信義則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものは、合意をしなかったものとみなす、としています。消費者契約法第10条も同じ向きで働きます。

しおりは「お金を取るための紙」ではなく「先に伝えて、もめる回数を減らす紙」です。費用の負担は契約書と特約の側で決めます。クロスの張り替え範囲のように、金額が動くものをしおりに逃がすと、両方で効かなくなります。

しおりに向くものと契約書に置くものを左右で比べた図。左はごみの出し方や駐輪場や給湯器の手順や連絡先、右は原状回復や鍵交換の負担、解除につながる禁止、同居人の制限、立ち入りの場面。

書くもの、書かないもの

しおりに向いているもの

  • ごみの出し方と曜日、集積所の場所
  • 駐輪場・駐車場の位置と区画
  • 給湯器やブレーカーの操作、止まったときの最初の手順
  • 設備が壊れたときの連絡先と、連絡してよい時間帯
  • 共用部に置いてはいけないもの
  • 鍵をなくしたときの手順

しおりではなく契約書の側に置くもの

  • 費用の負担(原状回復、鍵交換、クリーニング)
  • 禁止事項のうち、違反したら解除につながるもの
  • 同居人や用途の制限
  • 立ち入りの条件——修繕の日程をもらえないときに開くのは契約書です

組み入れは、どう書けばいいのですか?

契約書の特約欄に、次の要素が入っていれば足ります。

  1. しおりの題名と版(作成年月)を特定する
  2. 本契約の内容とすると書く
  3. 入居者が受領したことを記す
  4. 改訂したときの扱い(新規契約から適用するのか、周知して変更するのか)を書く

版を書くのを忘れると、あとから「自分がもらったのは古いほうです」と言われたときに答えられません。直したら版を上げて、契約書の記載も一緒に差し替えます。

条項の効力、とくに特約が有効かどうかの判断は、文言と個別の事情で変わります。この記事は民法の条文がどこに条件を置いているかを並べたもので、個別の条項の有効性を判定するものではありません。争いになりそうな条項は、弁護士または宅建業者にご確認ください。

今日やることを1つだけ選ぶなら、いま使っているしおりに作成年月が入っているかを見てください。入っていなければ、そこを1行足すところから始まります。埼玉・千葉県西部・栃木県南部で長く回している物件ほど、しおりだけが何度も直されて、契約書のほうが10年前の文面のまま残っています。

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