室外機に「境界から50センチ」は効きません|築古アパートのオーナーが読む民法234条と235条の対象
「隣から、室外機を50センチ離せと言われました」。エアコンを入れ替えた翌週、入居者経由でそう伝わってくる。図面を見ると、室外機の背中は境界のブロックから20センチほど。言われたほうは、根拠が分からないまま動かす見積を取り始めます。
結論からお伝えすると、室外機に「境界から50センチ」の決まりはありません。その数字の出どころは民法234条1項ですが、条文は「建物を築造するには、境界線から五十センチメートル以上の距離を保たなければならない」と書いてあり、対象は建物の築造です。室外機は建物ではないので、この条文はかかりません。

民法234条と235条は、対象が最初から決まっている
隣との距離でよく持ち出される条文は2つです。どちらも、対象が条文の中で限定されています。
- 234条1項:建物を築造するには、境界線から50センチ以上の距離を保つ。2項で、違反があるとき隣地所有者は建築の中止または変更を求められるが、着手から1年を経過し、または建物が完成した後は、損害賠償の請求のみになる
- 235条1項:境界線から1メートル未満の距離で他人の宅地を見通すことのできる窓または縁側(ベランダを含む)を設ける者は、目隠しを付けなければならない。2項で、距離は窓または縁側の最も隣地に近い点から垂直線で境界線まで測る
235条も「窓または縁側」であって、室外機は入りません。つまり室外機の位置そのものを、民法の相隣関係の条文で直接 規制しているものはありません。
では、隣は何も言えないのか
言えないわけではありません。ただ、根拠が変わります。民法234条のような「何センチ」という基準ではなく、音・風・振動が我慢の限度を超えているかどうかという話になります。基準がないぶん、事実の積み上げで決まる争いになります。だからこそ、数字の条文を持ち出して押し切ろうとすると、かえって長引きます。
騒音規制法の対象になるのか
ここも取り違えられやすいところです。騒音規制法2条1項は「特定施設」を、工場又は事業場に設置される施設のうち著しい騒音を発生する施設であって政令で定めるものと定義しています。
アパートの各戸に付いている家庭用エアコンの室外機は、工場でも事業場でもありません。したがって騒音規制法の規制対象ではなく、行政に届出をする施設でもありません。「法律違反ですよね」と言われても、根拠になる法律がそもそも別の世界の話をしています。
その代わり、自治体の条例で生活騒音について定めている場合があります。条例は市町村ごとに違うので、埼玉・千葉県西部・栃木県南部でも物件のある自治体の環境担当課に確認するのが早いです。
工事のために隣地へ入るときは、2023年からの条文で動く
室外機の移設で足場や脚立を隣に置きたいことがあります。ここは民法209条が使えます。
- 土地の所有者は、必要な範囲内で隣地を使用することができる。ただし住家については、その居住者の承諾がなければ立ち入ることはできない(209条1項本文・ただし書)
- 使用できる目的は、境界またはその付近における障壁・建物その他の工作物の築造、収去または修繕/境界標の調査または境界に関する測量/233条3項による枝の切取り(209条1項1号から3号)
- 日時・場所・方法は、隣地の所有者と隣地使用者のために損害が最も少ないものを選ぶ(2項)
- あらかじめ、目的・日時・場所・方法を通知する。あらかじめの通知が困難なときは、使用を開始した後、遅滞なく通知すれば足りる(3項)
- 損害を受けたときは、隣地の所有者または隣地使用者は償金を請求できる(4項)
「承諾がなければ一切入れない」ではありません。ただし通知は要りますし、住家への立ち入りは居住者の承諾が必要です。ここを飛ばして職人が入ると、工事そのものより先に関係がこじれます。

移設と交換のどちらが安いのか
室外機だけを動かす工事は、配管の延長・化粧カバーの作り直し・穴の位置の変更が付いてきます。壁の反対側へ回すような移設だと、本体を交換するのと金額が近づくことがあります。
大家さんの内装屋の価格表では、エアコンの設置(本体と標準取付工事)が6畳用でだいたい70,000円程度、8畳用で80,000円台、10畳用で90,000円台(いずれも税別)。既存エアコンの撤去・処分のみの依頼は1式で15,000円程度(税別)です。これは業者価格で、オーナーが単発で個別に頼む一般消費者価格は2割から3割ほど上になります。
さらに、この価格表には7月から9月のハイシーズン価格があり、6畳用で5,000円台、8畳用と10畳用で6,000円程度(税別)上がります。「夏に頼むと高い」は感覚ではなく価格表に書かれている差です。もめている最中に夏を挟むと、判断を待つだけで金額が動きます。
言われたときに順番で決める
- 相手が何を根拠にしているかを聞く。「50センチ」なら民法234条の話で、室外機には当たらない
- 困っている中身を聞き分ける。音か、温風か、振動か、見た目か。対処がまったく違う
- 音なら、いつ・どのくらいの時間 動いているかを記録する。夜間だけなら設定の変更で収まることがある
- 温風なら、吹き出し方向を変える板や置き台の高さで解決できるかを先に見る。移設は最後
- 移設すると決めたら、隣地へ入る必要があるかを確認し、209条3項の通知を先に出す
- 金額が本体交換に近づくなら、交換の時期を前倒しする判断に切り替える
境界の上に立っている塀を直すときの考え方は境界線の上に立つ塀は、隣と共有のものと推定されますにまとめています。残された室外機の扱いは残置エアコンは置いていくか撤去するか、真夏に止まったときの動き方は真夏にエアコンが壊れた連絡が来たら、交換時期の決め方は給湯器とエアコンはいつ交換するかで扱っています。
今日やることを1つだけ選ぶなら、自分の物件で、室外機の背中が境界からどれだけ離れているかを1棟ぶん測ってください。数字を持っていれば、次に言われたときに根拠の話から始められます。


