20万円と60万円は同じ基準ではありません|築古アパートのオーナーが修繕費の通達を上から順に読む
結論からお伝えすると、よく並べて紹介される「20万円未満」と「60万円未満」は、使える場面が違う別々の通達です。20万円の枠は、明らかに価値を高める工事にも使えます。60万円の枠は「資本的支出か修繕費かが明らかでない金額」にしか使えません。同じ表に並べて上から当てはめると、通らない年が出ます。
退去後の見積が届く。クロスと床の張り替えに加えて、和室の畳を撤去してフローリングにする行が入っている。合計は48万円。ネットで調べると「60万円未満なら修繕費」と書いてある記事が並びます。ところが、この48万円のうち和室の部分は60万円の枠には入れられません。理由は、その工事が「明らかでない」ものではないからです。

通達には、当てはめる順番があります
所得税基本通達の〔資本的支出と修繕費等〕には、判定に使える規定が上から順に並んでいます(出典:国税庁「法令解釈通達 所得税基本通達 第37条関係〔資本的支出と修繕費等〕」2026年9月2日時点)。
- 37-10(資本的支出の例示)と37-11(修繕費に含まれる費用)で、まず中身を見る
- 37-12(少額又は周期の短い費用の必要経費算入)=20万円とおおむね3年周期
- 37-12の2(災害の復旧費用の必要経費算入)
- 37-13(形式基準による修繕費の判定)=60万円と取得価額の10%
- 37-14(資本的支出と修繕費の区分の特例)=30%と10%のいずれか少ない額
「戻すのか、上げるのか」という基本の分け方については修繕費と資本的支出の違いに整理があります。この記事は、その先の金額の枠をどの順で当てはめるかに絞ります。
20万円と60万円の、決定的な違い
条文を並べると、前提の一文が違うことがはっきりします。
37-12は「一の計画に基づき同一の固定資産について行う修理、改良等が次のいずれかに該当する場合において、その修理、改良等のために要した金額を修繕費の額として……確定申告を行っているときは、37-10にかかわらず、これを認めるものとする」として、(1)その金額が20万円に満たない場合、(2)おおむね3年以内の期間を周期として行われることが明らかである場合、を挙げています。
「37-10にかかわらず」という6文字がここでの要点です。37-10は資本的支出の例示、つまり「用途変更のための模様替え等改造又は改装に直接要した金額」などを並べた規定です。その例示に当たるものであっても、20万円未満なら修繕費として認める、と書かれています。
一方の37-13は、こう始まります。「一の修理、改良等のために要した金額のうちに資本的支出であるか修繕費であるかが明らかでない金額があり、その金額が次のいずれかに該当する場合において……」。
入口の条件が「明らかでない金額」に限定されています。和室を洋室にする工事は37-10(2)の例示に正面から当たりますから、明らかでないとは言いにくい。60万円未満でも、この枠には入れられません。
| 枠 | 通達 | 入口の条件 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 少額・短周期 | 37-12 | 条件なし(37-10にかかわらず) | 20万円未満/おおむね3年周期 |
| 形式基準 | 37-13 | 明らかでない金額に限る | 60万円未満/取得価額の10%以下 |

10%の分母は、いまの価値ではありません
37-13(2)は「その金額がその修理、改良等に係る固定資産の前年12月31日における取得価額のおおむね10%相当額以下である場合」と定めています。分母は取得価額です。時価でも、帳簿に残っている未償却の残高でもありません。
ここが築古アパートのオーナーにとって効きます。昭和築で償却が終わり、帳簿上の建物の価額が1円になっていても、10%の計算に使うのは取得したときの金額のままです。建築費3,000万円で建てた棟であれば、分母は3,000万円、10%は300万円になります。60万円より大きい枠が、そこにあることになります。
さらに37-13の(注)2は「固定資産には、当該固定資産についてした資本的支出が含まれるのであるから……当該固定資産に係る追加償却資産の取得価額は当該固定資産の取得価額に含まれる」としています。過去に資本的支出として処理した工事は、その後の分母を押し上げます。長く持っている建物ほど、分母は積み上がっている理屈です。
耐用年数が過ぎたら、直した分は全部経費になるのか?
なりません。通達37-15の2が正面から答えています。
「耐用年数を経過した減価償却資産について修理、改良等をした場合であっても、その修理、改良等のために支出する金額に係る資本的支出と修繕費の区分については、一般の例によりその判定を行うことに留意する」。
短い規定ですが、内容ははっきりしています。償却が終わったことと、工事費が経費になるかどうかは、無関係です。築45年の木造アパートで間取りを変えれば、それは資本的支出であり、新たに取得した資産として償却していくことになります。
償却が終わった建物の収支がどう変わるかは耐用年数を過ぎた木造アパートの減価償却をどう考えるか|オーナー向けに書きました。「もう償却がないから、直せば直すだけ経費が増える」という読み方だけは避けてください。
30%と10%の枠は、1年だけでは使えません
37-14は、明らかでない金額(37-12、37-12の2、37-13または37-14の2の適用があるものを除く)について、「継続して」その金額の30%相当額と、その固定資産の前年12月31日における取得価額の10%相当額のいずれか少ない金額を修繕費とし、残りを資本的支出とする経理をしているときは、これを認めるとしています。
条件は「継続して」です。有利な年だけこの方法を使い、翌年やめる、という使い方は条文の形に合いません。使うなら方針として続けることになります。
災害のときは、別の2本が用意されています
台風や地震のあとの工事には、専用の規定が2本あります。築古の建物を持っていると、いずれ当たる場面です。
- 37-12の2(災害の復旧費用の必要経費算入)……被災した固定資産の「被災前の効用を維持するために行う補強工事、排水又は土砂崩れの防止等のために支出した費用」を修繕費として申告しているときは、37-10にかかわらず認める。原状回復ではなく補強まで含めて修繕費に寄せられる規定です
- 37-14の2(災害の場合の原状回復のための費用の特例)……損壊した資産について支出した費用で、原状回復の部分とそれ以外の部分に区分することが困難なものは、費用の額の30%相当額を原状回復の部分とし、残りを資本的支出の部分とすることができる
どちらにも共通の注意があります。その損失について所得税法51条1項・4項(資産損失)や72条(雑損控除)の適用を受けている場合には、その分は除かれます。同じ損害を二重に落とすことはできない、という構造です。
なお37-11本文には、「災害等によりき損した固定資産につきその原状を回復するために要したと認められる部分の金額」が修繕費になる、と最初から書かれています。災害の原状回復は、特例を持ち出すまでもなく修繕費の側です。
都合の悪いことも書いておきます
- ここまで並べた枠は、すべて「確定申告を行っているとき」に認めるという書き方です。あとから修正して当てはめ直す前提の規定ではありません
- 枠に入れるかどうかを判断する材料は、見積書と請求書です。「リフォーム工事一式」の1行では、どの枠にも入れられません。工事区分ごとに行を分けてもらう話は原状回復の見積書は「一式」の行から見る|築古アパートのオーナーが数量と単価で崩す3つの質問に書きました
- 取得価額が分からない古い建物では、10%の枠そのものが計算できません。売買契約書・建築請負契約書・過去の申告書を探すところからになります。書類の探し方はアパートの図面と確認済証が手元にないとき|築古アパートのオーナーが役所と設計事務所を当たる順番が参考になります
- 本記事は通達の条文を並べた一般的な整理です。個別の工事がどの枠に入るかの判定は、税理士または所轄の税務署にご確認ください
今日やることを1つだけ選ぶなら
今年これから発注する工事の見積を、「明らかに良くなる行」と「元に戻すだけの行」に色を分けてみてください。分けた時点で、20万円の枠に入るもの、60万円の枠に入るもの、どちらにも入らないものが見えます。見積が届いてからではなく、頼むときに分けてもらうのが唯一の近道です。
工事の記録の残し方は原状回復は工事の前後で写真を残す|築古アパートのオーナーが契約書の11号に足す1行に整理があります。
なお本記事は2026年9月2日時点の通達にもとづく一般的な整理です。適用の可否は必ず税理士または所轄の税務署にご確認ください。


