遺産分割が終わる前にしか使えない条文があります|築古アパートのオーナーが読む民法897条の2
父が亡くなって4か月。きょうだい3人の話がまとまらないまま、アパートの給湯器が1台止まる。管理会社からは「誰に請求を出せばいいですか」と聞かれ、家賃の入る口座は凍結されている。直す判断をする人がいない状態で、入居者が待っています。
結論からお伝えすると、遺産分割が終わる前にしか使えない条文があります。民法897条の2は、家庭裁判所が相続財産の管理人の選任などを命ずることができると定めていますが、ただし書で「遺産の全部の分割がされたとき」は使えなくなります。まとまらないから何もできないのではなく、まとまっていない今だけ開いている入口です。

民法897条の2は「いつでも」使える
2023年4月1日に施行された条文です。中身はこうなっています。
家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求によって、いつでも、相続財産の管理人の選任その他の相続財産の保存に必要な処分を命ずることができる。
読みどころが3つあります。
- 請求できるのは「利害関係人又は検察官」。相続人だけに限られていません
- 「いつでも」。相続の承認・放棄の前でも、承認したあとでも、遺産分割の最中でも請求できます
- ただし書で除かれるのは3つ。相続人が1人でその相続人が単純承認したとき/相続人が数人あって遺産の全部の分割がされたとき/952条1項により相続財産の清算人が選任されているとき
つまり、分割がまとまっていない期間は、この条文が開いています。逆に、分割が終わったあとは各自の財産になるので、この管理人の制度は使えません。
それまで、相続人はどんな義務を負っているのか
民法918条が「相続人は、その固有財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産を管理しなければならない」と定めています。自分の財産と同じ程度の注意でよい、という水準です。他人の財産を預かるときの善良な管理者の注意より軽い言い方になっています。
ただし、軽いのは注意の水準であって、建物の管理そのものが免除されるわけではありません。入居者がいるアパートは、放っておけば水も漏れれば、外壁も落ちます。
遺産分割の申立てをしたあとなら、家事事件手続法200条がある
家庭裁判所に遺産分割の審判または調停を申し立てたあとであれば、別の道も開きます。家事事件手続法200条1項です。
家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、財産の管理のため必要があるときは、申立てにより又は職権で、担保を立てさせないで、遺産の分割の申立てについての審判が効力を生ずるまでの間、財産の管理者を選任し、又は事件の関係人に対し、財産の管理に関する事項を指示することができる。
ここも読みどころが3つあります。職権でもできる/担保を立てさせないでできる/審判が効力を生ずるまでの間という期限が付いている点です。財産の管理者を選任するほかに、「財産の管理に関する事項を指示する」という選択肢もあります。

修繕費を出す現金は、どこから持ってくるのか
管理する人が決まっても、お金が動かなければ給湯器は替わりません。ここで2つの条文が使えます。
民法909条の2=金融機関の窓口で完結する道
各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に自分の相続分を掛けた額について、単独で権利を行使できます。ただし、法務省令で定める額を限度とし、その額は150万円です(民法第909条の2に規定する法務省令で定める額を定める省令=平成30年法務省令第29号)。限度額は預貯金債権の債務者ごと、つまり金融機関ごとに見ます。
相続人が3人で、ある銀行の残高が600万円、相続分が3分の1ずつなら、600万円×3分の1×3分の1で約66万円。150万円の限度内なので、その額まで単独で引き出せます。裁判所を通さずに動かせるのは、この条文です。
家事事件手続法200条3項=足りないときの仮取得
150万円では足りないとき、遺産分割の申立てをしていれば、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要があると認められるときは、申立てにより、特定の預貯金債権の全部または一部を仮に取得させることができます。ただし、他の共同相続人の利益を害するときは使えません。
アパートの修繕費や固定資産税は「相続財産に属する債務の弁済」に向かう支出です。この条文の対象になりうる、という意味で押さえておく価値があります。
貸す・直すの判断は、誰の同意で決まるのか
管理の中身によって、必要な同意の数が変わります。共有物の管理については民法252条が持分の過半数で決める場面を定めており、賃貸に出せるかどうかもここで分かれます。アパートを誰の同意で貸せるのかは相続で共有になったアパートは、誰の同意で貸せるのかにまとめています。持分を買い取る側に回る場合は、相続から10年で使える条文が変わりますので共有持分を買い取るかどうかは、相続から10年で使える条文が変わりますを先に見てください。
止まっている間に動かす順番
- 遺言があるかを先に確かめる。あれば、そもそも分割協議が要らない部分が出てきます
- 今の期間が897条の2のただし書に当たらないかを確認する。全部の分割が済んでいなければ、請求できます
- 入居者に影響が出る修繕は、909条の2の150万円の枠で足りるかを金融機関ごとに計算する
- 足りないなら、遺産分割の申立てをしたうえで家事事件手続法200条の保全処分を検討する
- 誰が管理するかが決まらないなら、897条の2の管理人選任か、200条1項の管理者選任のどちらを使うかを決める
遺言があるかどうかを1通の証明書で確かめる方法は遺言があるかは、法務局に1通の証明書で聞けますにあります。借地の上に建つアパートを相続する場合の順番は借地のアパートを相続するのに、地主の承諾は要りません、相続した築古アパートを立て直す進め方は相続した築古アパートを短期間で立て直す進め方で扱っています。
なお、どの制度を使うかは家族の事情と資産の中身で変わります。申立ての要否と書類は、弁護士または司法書士へ確認してください。
今日やることを1つだけ選ぶなら、遺産の全部の分割が済んでいるかどうかを確認してください。済んでいなければ、民法897条の2という入口はまだ開いています。


