温水洗浄便座を付けるかどうか|築古アパートのオーナーに金額のあとから付いてくる3つの義務
退去の連絡が入って空室になった部屋を見に行くと、トイレの便座に「洗浄」のボタンが無い。管理会社からは「いまどき当たり前ですから、この機会に付けておきましょうか」と言われる。金額を聞くと3万円台。3万円で決まりやすくなるなら安い——そう考えて発注ボタンを押しそうになったところで、いったん手を止めてほしいところがあります。
温水洗浄便座を付けるかどうかは、3万円を出すかどうかの話ではありません。付けた瞬間に、その部屋の「設備」が1つ増えます。設備が増えると、金額とは別に、あとから3つの義務が付いてきます。
結論:付けるかどうかは、10年間直し続けられるかで決める
結論からお伝えすると、判断の順番はこうなります。
- 壊れたら直す義務が生じる(民法606条1項)
- 壊れている間、家賃はその分だけ自動的に減る(民法611条1項)
- 寿命で壊れた場合の交換費用は、原則としてオーナー負担(国土交通省のガイドライン)
この3つを引き受けられるなら付ける。引き受けたくないなら、付けずに「入居者の持ち込みを認める」という道があります。どちらも間違いではありません。間違いなのは、3万円のサービスのつもりで付けて、10年後に「なんでこっちが払うんだ」と驚くことです。

「サービスで付ける」という考え方が成り立たない理由
民法606条1項は、こう書かれています。
賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。
ここで言う「賃貸物」には、オーナーが部屋に取り付けた設備が含まれます。無料で付けたか、家賃を上げて付けたかは関係ありません。取り付けた時点で、その部屋の一部になります。
ただし書きにあるとおり、入居者の使い方が原因で壊れた場合は別です。ノズルを引っぱって折った、というような場合ですね。しかし普通に使っていて壊れたときは、直すのはオーナー側です。修理と交換の分かれ目は設備が壊れた連絡が入ったら|修理と交換を分ける判断ラインで整理しています。
壊れている間、家賃はどうなるのか
ここがいちばん知られていないところです。民法611条1項を、そのまま引きます。
賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。
読んでいただきたいのは末尾です。「減額を請求することができる」ではなく「減額される」と書かれています。入居者から申し出があって初めて下がるのではなく、使えなくなった時点で、その割合の分だけ当然に下がるという書き方になっています。
もちろん、温水洗浄便座が使えないことが家賃の何割にあたるのかは、条文には書いてありません。割合の判断は個別の事情によりますので、実際に減額の話になったら管理会社や弁護士へ確認してください。ここでお伝えしたいのは金額ではなく、設備を1つ増やすと、それが止まったときに家賃が減る余地も1つ増えるという構造のほうです。
付けなければ、この論点はそもそも生まれません。付ければ、決まりやすさと引き換えに、止まったときのリスクを持つことになります。これが「サービス」ではないという意味です。
寿命で壊れたとき、誰が払うのか
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」は、費用を貸主が負担すべきものと借主が負担すべきものを一覧にしています。貸主が負担すべきものの側に、次の項目があります。
設備機器の故障、使用不能(機器の寿命によるもの)
つまり「10年使って寿命で止まった」は、オーナーが負担する側です。入居者に請求する話ではありません。
では何年で寿命とみなすのか。同じガイドラインには「主な設備の耐用年数」の一覧があり、次のように並んでいます。
- 耐用年数5年のもの:流し台
- 耐用年数6年のもの:冷房用・暖房用機器(エアコン、ルームクーラー、ストーブ等)、電気冷蔵庫、ガス機器(ガスレンジ)、インターホン
- 耐用年数8年のもの:主として金属製以外の家具
- 耐用年数15年のもの:便器、洗面台等の給排水・衛生設備、主として金属製の器具・備品
- 当該建物の耐用年数が適用されるもの:ユニットバス、浴槽、下駄箱(建物に固着して一体不可分なもの)
この一覧に「温水洗浄便座」という項目はありません。探して無かったのではなく、一覧そのものに立っていない、という意味です。便器は15年の側に入っていますが、温水洗浄便座は電気で動く機器で、陶器の便器と同じ寿命だとは書かれていません。
ですから「便器と同じ15年」と決めつけて入居者に請求する形は取れません。年数の当てはめが争いになりやすい設備だ、と考えておくほうが安全です。この一覧の数字は、退去時に入居者の負担をいくらまでにできるかを計算するためのもので、機械の実際の寿命そのものを示した表ではありません。
コンセントは自分で増やせるのか
結論から言うと、できません。
築古アパートのトイレには、そもそも壁にコンセントが無いことがよくあります。ここが温水洗浄便座の金額を大きく変える分かれ目で、築古アパートの水回りはどこまで直すかで扱っています(大家さんの内装屋の料金表で、コンセントがある場合の交換が32,800円〜(税込36,080円〜)、無い場合は配線とコンセント新設が入って46,980円〜(税込51,678円〜)。いずれも業者価格で、個人が単発で頼む一般消費者価格はここから2〜3割上)。
この配線工事を自分でやろうと考える方がいますが、電気工事士法3条2項は、第一種または第二種電気工事士の免状を持っている人でなければ、一般用電気工作物にかかる電気工事の作業に従事してはならないと定めています。
「軽微な工事」は例外ですが、その中身は電気工事士法施行令1条に列挙されていて、たとえば1号は「差込み接続器、ねじ込み接続器、ソケット……にコード又はキャブタイヤケーブルを接続する工事」、2号は電気機器の端子に電線をねじ止めする工事で、2号にはわざわざ「配線器具を除く」と書かれています。コンセントは配線器具です。コンセントを新しく設けて壁の中の配線につなぐ工事は、この例外に入っていません。
電気まわりを触るときに先に見ておく場所は昭和のアパートで分電盤と漏電をいつ点検するかにまとめています。

付けない、という選択の作り方
3つの義務を引き受けたくない場合、選べる形が1つあります。オーナーが設備として付けるのではなく、入居者が自分で買って付けることを認めるやり方です。
この形にするなら、募集の段階と契約書で、次の3点を書いておく必要があります。
- コンセントの有無(無ければ、入居者が持ち込んでも使えません。ここを書かずに募集すると、入居後に必ず問題になります)
- 入居者が取り付けたものは入居者の所有であること(オーナーの設備にしない、という合意です)
- 退去時にどうするか(取り外して持っていくのか、置いていってよいのか)
3つ目を決めていないと、退去後の部屋に古い便座が残ります。残っていたものをオーナーが勝手に捨ててよいかは、それ自体が別の論点ですので、退去後の残置物はオーナーが捨てていいのかもあわせて確認してください。
なお、入居者が付けたものが壊れても、オーナーの修繕義務の話にはなりません。「設備にしない」というのは、決まりやすさを1つ手放す代わりに、義務も持たないという選択です。
それでも付けたほうがいい場面
ここまで慎重な話が続きましたが、付けるほうが早い場面もあります。
- すでにコンセントがある(金額が1.4倍にならず、工事も半日で終わります)
- 同じ建物の他の部屋には付いている(1部屋だけ無い状態は、内見で比べられたときに効きます)
- 他の設備の交換と同時に動かせる(給湯器やエアコンの交換時期と重ねると、職人の出入りが1回で済みます。時期の決め方は給湯器とエアコンはいつ交換するかを参照してください)
逆に、コンセントが無く、他に直すところも無く、単独で発注する——この組み合わせがいちばん割に合いません。工事が5万円近くになり、そこから10年、直す義務と減額の余地を持ち続けることになります。
今日やることを1つだけ選ぶなら
空室になっている部屋のトイレに入って、壁にコンセントがあるかどうかだけ見てきてください。写真を1枚撮っておけば十分です。あるかないかで、金額も、判断の重さも変わります。付けるかどうかを決めるのは、その写真を見てからで間に合います。
なお、退去時の負担や賃料の減額の当てはめは個別の事情で変わりますので、実際の請求や交渉の場面では、管理会社・宅地建物取引業者・弁護士にご確認ください。


