滞納した入居者の荷物は、家賃を払うまで止め置くことはできません|築古アパートのオーナーが読む民法295条と312条
結論からお伝えすると、家賃を滞納したまま出ていく入居者の荷物を、「払うまで返さない」と止め置くことは、条文の上ではできません。他人の物を止め置ける留置権(民法295条)は、その物に関して生じた債権のための権利で、家賃は冷蔵庫や洗濯機から生じた債権ではないからです。一方で、建物の大家には、入居者が部屋に備え付けた動産について「先取特権」という優先権が法律で与えられています(312条・313条2項)。ただしこれは裁判所の手続を通して使う権利で、大家が自分で荷物を押さえたり売ったりする権利ではありません。
たとえば、滞納が3か月分たまった1Kの入居者から「来週、出ます」と連絡が来たとします。退去の日に部屋へ行くと、引越しの軽トラックの横に冷蔵庫と洗濯機、段ボールが10箱ほど。「家賃を払うまで、この家電は置いていってください」と言いたくなる場面です。そう言ってよいのか。答えは、条文を2本読むと出ます。

「払うまで返さない」は留置権で言えませんか?
295条1項は、留置権を次のように定めています。
「他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。」
典型は、修理屋が修理代を払ってもらうまで修理した物を返さない場面です。債権(修理代)が、その物(修理した品)から生じているので止め置けます。家賃は、部屋を貸したことから生じた債権で、入居者の家電から生じたものではありません。家電と家賃の間にこのつながりがないため、一般的には留置権の要件を満たさないと考えられます。
さらに同条2項は、占有が不法行為によって始まった場合には留置権は成り立たないとしています。入居者の承諾なく荷物を運び出して自分の倉庫に入れた、という形で手元に置いた物は、仮に他の要件を満たしても止め置けません。
大家の「先取特権」とは何ですか?
民法には、大家のための優先権が別に用意されています。
- 312条:不動産の賃貸の先取特権は、賃料その他の賃貸借関係から生じた賃借人の債務に関し、賃借人の動産について存在する
- 313条2項:建物の賃貸人の先取特権は、賃借人がその建物に備え付けた動産について存在する
部屋に据えた冷蔵庫や洗濯機は、この「備え付けた動産」の候補になります。ここまで読むと「やはり止め置ける」と思いがちですが、先取特権は「ほかの債権者より先に、売った代金から払ってもらえる」権利で、物を手元に止める権利ではありません。実際に使うには、民事執行法190条の動産競売を申し立て、執行官に差し押さえてもらう必要があります。その入口は次の3つに限られています。
- 債権者が執行官に、その動産を提出する
- 動産を持っている人が差押えを承諾したことを示す文書を、執行官に出す
- 執行裁判所から動産競売の開始の許可をもらう(担保権があることを示す文書が要る)
どれも裁判所と執行官を通す道で、大家が自分で売って家賃に充てる道は条文に書かれていません。

敷金を預かっていたら、先取特権はどうなりますか?
316条は、賃貸人が敷金を受け取っている場合、先取特権は敷金で弁済を受けない債権の部分についてだけあるとしています。家賃3か月分が18万円、敷金が6万円なら、先取特権の対象は差し引いた12万円の部分です。敷金の充て方は入居者が修繕費を家賃から引いてくるのは、条文の上では「相殺」ですとあわせて読むと整理しやすくなります。
もう1つ、319条は即時取得の規定(192条から195条)を準用しています。入居者が家電を中古店に売り、店が事情を知らずに買えば、その家電にはもう先取特権を主張できないという意味です。先取特権は、物が入居者の手を離れると弱くなります。
荷物を置いていかれたら、どう扱えばいいですか?
逆の場面、つまり入居者が荷物を残して出ていった場合は、止め置くかどうかではなく預かった物の管理と処分の話になります。保管の注意の程度は退去した入居者の荷物を預かったら、保管の責任は自分の物と同じ注意までですに、処分してよいかの線は退去後の残置物はオーナーが捨てていいのかに書いています。
家賃そのものの回収は、荷物ではなく人に対して進めます。金銭の支払だけなら滞納家賃の支払督促では、部屋の明渡しは求められませんの支払督促、分割払いの約束を固めるなら滞納家賃の分割払いを公正証書にしても、強制執行できるのは金銭の支払だけですが道です。
都合の悪いことも書いておきます
先取特権は条文上は大家の味方ですが、実際に動産競売まで進めて回収できる額は小さいことが多いのが現実です。使い込んだ家電や家具は中古の値段が付きにくく、申立ての費用と手間のほうが上回ることがあります。また、退去の日に感情的になって荷物を押さえると、それ自体が入居者との新しい争いの種になります。荷物の扱いで迷ったら、手を付ける前に弁護士へ相談するのが安全です。
今日やることを1つだけ選ぶなら
滞納している入居者がいるなら、退去の連絡が来る前に、滞納額・敷金の額・連帯保証人(または保証会社)の3つを1枚の紙に書き出してください。敷金で埋まらない額がいくらで、誰に請求できるかが先に見えていれば、退去の日に荷物で揉める理由がなくなります。請求の期限は滞納家賃の時効は5年ですが、入居者が援用するまで請求は消えませんで確認できます。
出典
- 民法192条・295条・312条・313条・316条・319条(e-Gov 法令検索・2026年10月13日時点)
- 民事執行法190条(同上)


